(総愛され予定の)悪役令嬢は、私利私欲で魔法界滅亡を救いたい!

 無事に生徒会入りを果たした私は、同時に入った下級生イエルクと食堂で昼食を取っていた。

「……イエルクくんも、私と同じように食事には不満持っていたのね」

 人もまばらな食堂に着いた私たちは、どう考えても味を調えようと考えているとは思えない、肉のかたまりを同時に見下ろしていた。

 ……何をどうしようと思ったら、こんなにも不味く肉を料理出来るの?

「僕はグーフォ地方にある村の出身なので、アクィラの食事には、まだ慣れません。粗食を美徳としているとは聞いていたのですが、まさか……これほどまでとは思っていなくて……」

 そうよねそうよね……わかるぅ……乙女ゲームしている時には、食事シーンとか全然出てこないから、登場するキャラたちが、こんな粗食に耐えているなんて思わなかった!

「そうよね……私も贅沢は言わないんだけど、せめて……もう少し、味付けには工夫して欲しいっていうか……」

 言葉を濁した私に、イエルクくんは頷いた。

「わかります。あと、塩をかければ良いと思っているのか、塩辛すぎて……もう、食べられない時もあります」

 今まで不満はあれど、事情があり人を避けていたせいか誰にも言えなかったのか、イエルクの口からはどんどん食事に関する不満が溢れて出て居た。

「うんうん。本当だよね。味付けは、適量で良いんだよね……わかってないよね」

 私はもぐもぐと硬いオーク肉を噛んで、なんとか咀嚼した。本来ならオーク肉は高級食材のひとつで、オークキングの肉は、美食家の中でも人気が高い。

 けどけど、私の食べているオーク肉の切り落としと野菜を炒めただけのものは、てかてかと光り油でぎとぎとだし、その見た目だけでも食べる気が失せる。

「……ディリンジャー先輩は、アクィラ出身だから、気にならないのかと思っていました」

 イエルクはにっこりと微笑むと、自分もまったく具のないスープを飲んで微妙な表情になっていた。

 その気持ち、わかるよ。なんで、まったく具が入っていないのに、こんなにも生臭いんだろうね……?

「そんな訳ないよ! ……日々、不満でいっぱいだよ! なんで、こんなにパンが硬いの? とか、意味わからないもん!」

「そうですね。グーフォのパンは、もっと柔らかくて、美味しかったです」

 美味しそうなパンを想像して、私たち二人は、はあっとため息を同時についた。

「柔らかいふわふわのパン食べたい……こんな、カリカリでカラカラな硬いパン、嫌……」

「わかります……美味しくないですよね」

「そういえば、確か……遠くから、物を引き寄せる魔法ってなかったっけ? それが出来たら、使えればなあ……」

 私がそう言った時、イエルクはサッと顔色が変わったので『しまった』とは思った。

 ……遠くから、物を引き寄せる魔法……それって、彼の使う黒魔法の上位魔法である闇魔法だった。

 けど、今の段階では、彼はまだ黒魔法使いで、闇魔法使いではないんだった……しまった。

 忘れてた。養い親の事もあって、それは隠しているんだよねえぇぇえ……なんで、こんなに私って記憶力が残念なの?

「そっ……そういえば、フローラちゃん……だっけ? イエルクくんと同じ年の子、可愛かったよね~」

 強ばった表情のイエルクを前に、私はかなり苦しいけど、無理矢理力業で話題を変えた。

 というか、フローラとイエルクが上手く行って、乙女ゲーム通りにくっついたら、私があくせくしなくて良いのにな。

「そうですか……? すみません。あまり、隣を見ていなくて」

 イエルクって、本当に心を開いたヒロイン以外無関心なんだよね……そういうキャラ設定だし。

「なんだか、生きているお人形さんみたいだったよ。可愛かった~」

 そして、私の言葉からフローラを、『へえ。確かに可愛いし……気になる』と、なって欲しい! 魔法界の平和のために!

 美食ツアー達成したい、私の野望のためにも!

「生きている人形というなら、ディリンジャー先輩もそうですよね。可愛いです」

 イエルクは特に必要ないので、思いもしないお世辞は言わない。

 だから、私はその時、この人普通にそう思って居る……とわかって、すごく恥ずかしくなった。

 ……え。今、自然にさらっと可愛いって、言ったね?

 ……ううん。悪役令嬢だけど、ロゼッタは事実可愛いのよ。

 可愛いけど、振る舞いと性格に、非常に難があっただけで……っていうか、エルネストに迫っては残念だったあの姿を、入学したばかりのイエルクは何も知らないんだ……。

「あ……ありがとう……ございます」

 さっき思った通り、イエルクは何の気なしに言っただけらしく、私の尻すぼみなお礼が不思議だったのか、不思議そうに首を傾げていた。



 そして、私も生徒会に入ってフローラとイエルクと仲良くなっておいて、来年にあるリッチ先生のとんでもない企みを防ごうという私の計画だけど……前半部分はそこそこ、上手く行っていた。

 上手く行っていたのけど、私の予想からの誤算は生じていた。

「おはようございます! ロゼッタ先輩」

「おはよう。フローラ」

 生徒会室へと入り元気良く挨拶をしたフローラに、中に居た私はにっこり微笑んで挨拶を返した。

 にこにこと機嫌の良い表情を見せるフローラに『あ。これは恋愛関係で何か良いことがあったな』と、同性の私はすぐに気がついた。

「聞いてください。ロゼッタ先輩。今日ルークさんに偶然会ったんですけど、特別にって、珍しい花の芽を見せてくれたんです!」

 なんと驚くことに、乙女ゲームヒロインのはずのフローラは、攻略対象三人などには目もくれず、アクィラ魔法学園の魔法薬農園の管理を任されている若い庭師のルークに夢中だった。

「そ……そうなの。良かったわね」

 私は既に生徒会室に居るエルネスト、オスカー、イエルクを横目でチラッと確認したけど、三人ともフローラの恋話に対し特に反応はしない。

 この話題に関して、彼女に名指しされているのは私だけだから、それは当たり前なんだけど……各カップル別なラブラブスチルを見てしまっている私は、複雑な気持ちになってしまった。

「ルークさんって、本当に、素敵なんです! だって、今日も私が知らないことをたくさん教えてくださって……あんなにお若いのに、幅広い知識を持たれているし……憧れてしまいます」

 庭師ルークは、高等部を卒業したばかりだけど、魔法薬の知識を買われて学園からぜひにと雇われたのよね。そういう意味では、フローラとは三歳しか変わらないし……確かにそういう意味で恋愛対象には、なってしまうよね。

 卒業して仕事をしている社会人でもあるし、余裕ある大人の男性に憧れてしまう気持ちも理解出来る。

 しかし、ここに貴女が恋をすれば、もれなく上手く行くスパダリの三人が揃っているけど……なんて、そんなことを教える訳にもいかないけど。

 もしかしたら、庭師のルークって隠しヒーローだったのかもしれない……確かに、フローラから話を聞いて見に行くと、顔が整った美形ではあったもの。しかも、優しくて聡明そうな男性だった。

 恋は早い物勝ちだから、ルークを好きになったフローラを決して否定はしない。

 なんでも、入学してすぐに庭園で迷っていたフローラをルークが道案内して助けてくれたらしい。

 ……そういえば、フローラは方向音痴でドジっ子キャラだった……ゲーム内だったら、それを各攻略対象が助けてあげるはずなんだけど。

 それに、フローラは親しい人には恋愛事情を明け透けに話す方らしくて、私を手を引いて連れて行き『あれが、ルークさんです!』と教えてくれるところからはじまり、ルークとの間に何があったかをやたらと話してくれるようになった。

 フローラが恋をしている様子は可愛いし、私はそれについて何の文句もないけど……うん。すぐそこに居る攻略対象者たちは、攻略しないのね。

「そうなの……良かったわね。きっと、ルークもフローラのことを気に入ってくれていると思うわ」

 それは絶対に間違いないと思う。私がもし男でルークだったとしたら、フローラに迫られたらデレッと顔がとろけて戻らないという自信しかない。

「そうですかね? そろそろ夏休みだし、このままルークさんに会えなくなるよりは……早々に告白した方が良いのかなと思うんです」

 そろそろ期末テストで、それが終わったら長い夏休み。

 けど、生徒会だけは、交流を深めるためにと、夏休みの特別合宿イベントもあるのよね。謎。ゲーム上の設定だから、仕方ないけど。

 それに、好感度を上げるためにはかなり早い段階で好意があることを知らせるけれど、フローラ展開が早すぎだわ。

「ねえ。少し落ち着いて。フローラ……あまり、急がない方が良いわよ。ゆっくり二人の仲を深めることを考えた方が良いわ」

 恋愛もしたことのない耳年増の私がそう忠告すると、フローラは何度か頷いて微笑んだ。

「そうですよね。いつもアドバイスしてくださって、ありがとうございます! ロゼッタ先輩、夏合宿の買い物ってもう済ませましたか?」

「ううん……まだだけど」

 そろそろ買いに行かなきゃとは思っていた私は、フローラの問いかけに首を横に振った。

「私と今日の放課後に一緒に買いに行きましょうよ!」

「え? 別に構わないけど……」

 期末テスト終わりに、すぐに南の島の合宿所に移動するので、それまでにあまり時間もない。

 念のために他の男性三人に確認したけど、私たちと一緒に買い物行こうと思う人も居ないようだった。

「ロゼッタ先輩って、好きな人……居ないんですか?」

「うーん……好きな人は、居ないかな」

 二人で街に出て通りを歩いていたら、フローラが私に楽しそうに尋ねて来た。きっと、私と恋話をしたいと思ったんだと思う。

 完全に恋をしている乙女を見て、私は複雑な気持ちになる。エルネストとかオスカーとか……イエルクには、全く興味ないですよね。

 もし、少しだけだとしても興味があったら、彼ら三人の前では、好きな人の名前を言わないものね。

「そうなんですか……ロゼッタ先輩、とても可愛いから、好きな人と言うより、てっきり彼氏が居るのかと思ってました」

 そうよね。フローラも、そう思ってしまっても仕方ない……転生した私が自分で言うのもなんなんだけど、ロゼッタの容姿はとても可愛い。縦巻きロールをしなくなったおかげで普通に美少女なのだ。

 しかし、これまで中身が残念過ぎて、振る舞い言動などで近づいてくる異性はゼロ。言い過ぎでもなんでもなく、全員が引いていた。

「居ないわよ。素敵な人が、居れば良いんだけどね」

「イエルクくんなんて、どうですか? 年下って、あまり好きではないですか?」