(総愛され予定の)悪役令嬢は、私利私欲で魔法界滅亡を救いたい!

 私自身がやるしかないんだけど、こうしてうじうじと二の足を踏んでいる。自分でもわかってはいるんだけど……一歩目がどうしても重くて。

「では、君が世界を救ってくれたら、俺が君の願いを叶えると約束するよ。何でも。報酬があればやる気も出やすいだろう」

 え。今……何でもって、言った?

「じゃあ、あの竜に乗って世界中を旅したい! って言っても、叶えてくれるの?」

 彼が「やっぱり止めた」と前言撤回をする前に言質を取らねばと、私は大人しくとんがり屋根に留まっている白竜を指差して慌てて言った。

 前世旅行好きだった私には……もし、それが達成したご褒美になるなら、バンジージャンプも何度でも飛んじゃう! パラシュートさえあれば、雲が触れる場所からのスカイダイビングだって、大丈夫だと思う!

 さっきまで浮かない顔で沈んだ様子だった私のあまりの食いつきの良さに驚いたのか、一瞬だけ目を見開き動きを止めた彼は、面白そうに笑い出した。

「ははは! 良いよ良いよ! それでは、これで約束だ。君が魔法界を救ってくれたら、世界中の美しい場所に連れて行こう! 必ず、そうすると誓うよ」

「約束?」

「約束するよ。誓約魔法でも、使おうか?」

 絶対に彼の言葉を反古にされたくない私は、こくこくと何度も頷いた。この世界の誓約魔法は、言葉だけでの約束とは、全く異なるものだ。

 乙女ゲーム内でも、使う時はとても慎重だった。

 お互い同意の上で誓約魔法で契約されたことは、強制力を持って執行されてしまう。だから、よっぽどの正式な重要な契約の時以外は使わない。

「では、もし、君が世界を救ってくれれば、僕は君の願いを叶える事を誓約する………………」

 彼が契約内容の後に低い声で呪文を唱えれば、青色の文字が私たちの周囲を取り巻き、誓約呪文が展開されたのだとわかった。

 魔力の色は属性は決まっていても、人それぞれに濃淡があり違う。魔法で形作られたのは青色の文字だから、彼はどうやら青魔法使いみたい。

 それに、正式な呪文ではなく、通常よりも多く魔力を消費する短くて済む圧縮呪文を使ったので、高位な魔法使いで多くの魔力を持っていることは間違いない様子。

 ……一体……この人は、誰なんだろう。

「頑張ります」

 握り拳を、ぐっと握った。絶対絶対、空飛んで魔法界を美食ツアーする夢を叶えたい。そのために、世界救う。

 私、頑張る。

「とても、良いね。僕がここに来たばかりの時の君の目とは、全然違うよ。良いことをしたと思えば、何だか嬉しいものだ」

 そう私に言った彼は、ひらひらと手を振って竜の方へ歩いて行こうとしたので慌てて聞いた。

「あの……貴方、名前は?」

 名前を聞くタイミングを完全に逸し、私はそう聞いた。もしかしたら、高名な魔法使いなのかもしれない。

 彼は普通に名乗ろうとしたみたいだけど、何か思いついたようで、にっこり笑って言った。

「どうせ、君が頑張ってくれて世界を守り……誓約魔法が成立したなら、いずれ会えるよ。そうしたら、自己紹介して、共に世界一周しようか」

 彼が乗りやすいように、さっと身を伏せた白竜に飛び乗り、呆気ないくらいにあっさり行ってしまった。

 残された私は、すぐに見えなくなった彼らをまだ視線で追うように、ずっと星がきらめく空を見上げていた。
 とにかく、一度魔法界を救うと決めたからには、身近で出来ることから、始めてみるべきなのよね。

 ヒロインフローラに協力を仰ぐことについては、別に後回しで良いと思う。素直で優しくて、ヒロインらしい性格ののフローラは、私が困っていると相談すれば、きっと協力してくれると思うし。

 一番の懸念点というか……問題なのは、肝心な時に彼女を守ってくれる力を持つ攻略対象者たちだ。

 あの三人以外にも、闇魔法の宝石を浄化するフローラを守り切ることの出来る魔法使いは、もしかしたら存在して居るかもしれない。

 けれど、ゲーム内でフローラを守り抜いた実績がある(?)という点では、信頼のおける攻略対象者たちに助力を求める方が、世界を救う絶対に負けられない戦いにおいて失敗する確率は低いと思う。

 だから、エルネスト含めた彼ら三人と出来るだけ交流を深め、協力を得られるようにしておく必要があった。

 とは言え、悪役令嬢である私ロゼッタは攻略対象者の一人エルネストには、すっかり嫌われてしまっている。

 けど……彼の元に通わなくなって、少し時間を置いたから、もしかしたら態度が少しは軟化しているかもしれない。

「あっ……エルネスト殿下。おはようございます」

「……おはよう。だが、以前に俺に近づくなと言ったはずだ。ロゼッタ」

 久しぶりに話しかけた私の髪型が変わっていることに気がつかなかったのか、エルネストは驚いたように軽く目を見開いていた。

 けど、どんなに冷たい対応になったとしてもエルネストはロゼッタを居ないものとして無視しないし、挨拶だけは返してくれるんだよね。

 魔法界の第二王子という複雑な立場でもあるけど、エルネストはメインヒーローらしく、真面目で優しく良い人なのだ。

「ごめんなさい……」

 顔を俯かせ、素直に謝った私が意外だったのかもしれない。エルネストはまた驚いた様子で振り返ったけど、そこで声も掛ける事なく去ってしまった。

 はあっ……駄目。これだと、とりつく島もない。エルネストは可能性ゼロだし諦めよう。

 ……次!! 次はオスカーよ!!

 本来の私であれば、自分を嫌っている事を隠しもしないエルネストに話しかけることは、絶対に避けたかったと思う。

 けど、今の私なら、頑張れる。

 むしろ、女性には紳士的な性格のエルネストに、ロゼッタは良くここまで嫌われたものだと思う。

 男性の意向を完全無視して、自分勝手なドリーム妄想をたびたび披露していたら、こうなってしまでしょうという悪い見本として、恋愛の教科書に載っても良いと思う。

 別に今の私が望んでしたことでもないけど、周囲から見れば私っていうか、ロゼッタがやったことになっている訳で……やめてやめて。

 あんな……好きな人の意志を完全無視で自分勝手な行動をしてたなんて、本当に考えたくない。

 けど、今の私にはゲーム内に用意された最後の困難を防ぐことが上手くいけば『イケメン魔法使いと竜で行く★世界中を巡る美食ツアー』に行く権利が与えられるのだ。

 だから、そのためにはどんな目で見られても、大丈夫。受け入れ難い困難があったとしても、絶対に勝ち取りたい。

 次なるターゲット、オスカーは二年生で黄クラスなので、教室前の廊下で待ち構えていると、彼が私の顔を見つけ大きく目を見開いていた。

 短く切った茶色の髪は、セットしているのかツンツンに立っていてヤンチャな雰囲気、端正に整っている顔の中にある黄色い目は、親しみやすく可愛らしいタレ目。

 オスカーは乙女ゲームでの好感度を上げれば、身体中がとろける砂糖を吐くようなあっまーい台詞を、飽きるくらいに吐いてくれることになる。

だから、今は自分を見て複雑な強張った表情を浮かべているのを見ると、落差に悲しくなってしまう。

 ゲーム画面では、あんなにも優しかったのに……まぁ、あれは、フローラ相手で、ロゼッタに向けてではなかったけど。

「オスカー先輩。あのっ……」

 凍りついている彼の様子に怖気付きつつも、勇気を出して話しかければ、オスカーは目を瞑ってバッと胸の前で両手を合わせた。

「ロゼッタちゃん。ごめんね。君の話はもう二度と聞くなって、エルネストに言われてて……本当にごめん!!」

 女の子には優しい癖に、とある事情があって女の子には触れられないオスカーは、すまなさそうな顔をして走って去って行った。

 ……ええ。嘘でしょう。ここ貴方の教室の前だよ。授業が始まるのに、どこ行くの。

 それにしても、オスカーは逃げ足が速い……彼は黄魔法使いなんだけど、適正ゆえに魔法剣士として特別に訓練されていて、戦闘能力が高くとても強いという設定も持っている。

 フローラを守るために誰かの力を借りるなら、オスカーが一番良いだろうと思っていたけど、これはどう考えても難しそう。

 はー……女性に甘く単純なところのあるオスカーなら、上手く言い包められるのではないかと思ったロゼッタが、彼を利用してエルネストの居場所を何度か確認していた事を知り、エルネストが激怒したことがあったあった……そういう記憶が、私の中にある。

 だから、エルネストから、私と話すなって言われているんだ。

 ……仕方ない。こうなってしまうよね。

 無関係の友人を自分に近づこうとして理由で利用されようとしたのなら、義理堅い性格のエルネストは、ロゼッタを許すはずがない。

 大きくため息をついた。先が思いやられる。

 嫌われている。今の自分のしたことでもないけど、とても嫌われている。

 エルネストが私への好感度がマイナス100だとすると、オスカーは好感度マイナス80くらいかしら……ふふふ。本当に、全然笑い事でもないけどね。

 ……ううん。暗い材料で自分を病ませるの、やめよう。落ち込んでいる時間が勿体無い。

 それでは……最後の希望、三人目のイエルクよ!


「おはよう。君って……イエルク・アスティという名前なんでしょう? 良い名前ね。新入生よね」

 くるくると癖のある黒髪のイエルクは、まるで人形のような端正な顔に、血のような真紅の目を持っていた。

「……」

 三人目の攻略対象者イエルクは、話しかけた私を見て居ることを確実に認識をしたはずなのに、特に完納をすることなく、すたすたと先へと進んだ。

「私……二年生で、ロゼッタ・ディリンジャーよ。よろしくね」

「……」

 自己紹介しても無言でスタスタと歩きを進めるイエルクは、必死に彼についていく私の話を聞いてくれる気はないみたい。

「……ごめんね。急いでいるのに」