(総愛され予定の)悪役令嬢は、私利私欲で魔法界滅亡を救いたい!

 これまで兄の横暴に怯えるばかりで、自分を真っ直ぐに見られなかったはずのロゼッタが、急に余裕のある素振りをしたのが気に入らなかったらしい。

 わかっていたことだけど、サザールは器がとても小さい。きっと、何かを注いだらすぐに溢れるお猪口くらいの容量なのではないかしら。

 サザールの顔が、わかりやすく不愉快に歪んだ。

 何を言い出すの? ここで褒めた妹を責めたら、完全にそちらが悪者になってしまうけど。


 そこに口を挟んだのが、ディレンジャー家当主白髪で、長い白髭を蓄えている父ジョナサンだ。

「良い加減にしろ。サザール。あのように妹から新しい髪型褒められて、何をどう生意気だと言うのだ。お前の最近の行動は、流石に目に余るぞ」

 あら。珍しい……今までサザールがロゼッタを虐めていたことに無関心でこんな感じで口出しすることなんて、これまでになかったのに。

 もしかしたら、父親は怯えていた私が、横暴なサザールに何か言い返すのを待っていたのかもしれない。

 だから、今の返しが父には合格点だったというところかしら。

 あんなに圧を掛けられて、普通の子が逆らえるはずもないんだから、さっさと庇いなさいよ。

「……父上。お聞き苦しいことを、申し訳ありません」

 サザールは形ばかり謝罪し私を睨めば、イライラとした態度で飲み物の入ったコップを音をさせて乱暴に置いた。

 何も悪くない妹がいつも彼に怯えているからと、これはとんでもなくみっともなくないかしら。

 ……まあ、良いわ。私は私で、そんなサザールへと追い打ちを掛けよう。

「お父様。私は本当に……そう思ったのですわ。お兄様の新しい髪型は、素敵だったので」

 私が父に向けて、うるうるとした目で訴えると、母ステラもなぜか加勢してくれた。

「サザール。本当にロゼッタが言った通りに似合っています……これまで鬱陶しいくらいにだらだらと長い髪でしたけど、貴方も最高学年の三回生になるから、切ったのね。良く似合うわ。そうね。ロゼッタも男性の褒め方が上手くなったこと……エルネスト様も、きっとお喜びでしょう」

 いいえ。お母さま。ロゼッタはエルネストには迫りすぎて、とても嫌われていますので、少々褒めたところで喜ばれることはないかと思います。

 ……なんて、ここで言っても何の良いこともないわよね。

 私は何食わぬ顔でにっこりと微笑み、両手を組んで隣に座る母を見た。

「お母様も、そう思いますわよね。私も兄上は、髪は短い方が似合うと、ずっと思っていたのですわ!」

「失礼……急用があるので、先に部屋に戻ります」

 兄サザールは食事途中にも関わらず白々しい言い訳をしつつ立ち上がり、指を組んだままの私をじろりと睨んだ。

 別にそんなの、怖くないよーだ。

 嫌味な上司と三次会まで付き合った地獄の数時間を思い出せば、世間の荒波も知らない学生のひと睨みなんて、そよ風浴びました程度だけど?

「おい……礼儀がなってないぞ。サザール」

 お父様にも怒られて……これでは、何も言い返せないわよね。

 私は黙って立ち去るサザールの後ろ姿を見つつ、これからもロゼッタとして生きて行くのなら、この良くない家族の問題もどうにかしなければと大きく溜め息をつきつつ思った。

 私は鏡の前でシュッと衣擦れの音をさせて、光沢のある赤いリボンを胸元に蝶々結びで結んだ。

 昨日、学園の生徒全員の入寮を済ませ、今日から本格的に登校する日。二年生になったので、念願の一人部屋を使うことが出来る。

 二年生は赤クラスなので、赤いリボンの制服だ。同じように赤クラスの男子は、赤いネクタイを締める。

 リボンとネクタイで、ひと目で誰がどのクラスなのかを知ることが出来るので、制服は可愛いだけでもなく、実用性にも優れていると思う。

 膝丈で一見ショートコートのような素材で出来た灰色のワンピースの制服は、可愛くてお気に入り。その上から、魔法使いらしく紺色のフードの着いたローブを羽織って、アクィラ魔法学園の登校スタイルの出来上がり。

 アクィラ地方の気候は、夏でもあまり気温が上がらないので、この制服で一年間過ごす。衣替えなどしなくても、これで十分なのだ。

 鏡の前で、くるりと回って全身をチェックする。

 ……うん。可愛い。

 家族関係が上手くいかず性格が非常に残念だっただけで、ロゼッタは可愛いのよ。本当に。

「……顔は可愛いんだけど、性格と振る舞いが本当に残念なんだよね」

 鏡に映る自分を、コツコツと人差し指で叩く。

 これが現在の私の顔なのだから当たり前なんだけど、呆れたような不思議そうな表情をしていた。

 悪役令嬢ロゼッタは、ヒロインのライバル役になるからって言う訳でもないけど、顔は本当に可愛い。

 目は大きくてつり目の猫目だし、睫毛はつけまつ毛並にバサバサに長くて、何もしなくてもカールしてる。

 ゲームの中では、悪役令嬢っぽい巻き毛のツインテールなんだけど、元々ロゼッタは綺麗なストレートな髪を、魔法のこてを当てて巻き毛に毎日必死にセットしていた。

 少しでも意中のエルネストに可愛く見られたかった努力、なんだか泣ける。

 それが、すべて逆方向にしか作用していなかったのも、なんだかより悲しくなって泣けてしまう。

 エルネストに好きになられたいのなら、努力する方向、そもそも違ってるよ!

 エルネストはフローラを好きになるってことは、清楚系が好きなんだと思うんだよね。派手派手しい巻き毛だと、逆効果だったのではないかしら。

 人の好みはそれぞれだという言い分もわかるけれど……。

 私は巻かずにストレートのままでポニーテールにして、赤いリボンを結んだ。

 前世ではもう三十代後半だった私には、この方が学生っぽくて、ロゼッタに似合ってて爽やかで可愛いと思う。

「そろそろ、食堂へ行こうかな……少し早い時間だけど……」

 描かれた表情がくるくる変わる顔付きの魔法仕掛けの壁掛け時計を見て、私はなんとなく呟いた。

 現在の時計は、ふんふんと鼻歌でも歌いそうな余裕の顔。

 これが遅刻寸前になってしまうと、鬼のような形相に変わるのだ。わかりやすい。

 いつもならロゼッタは、髪のセットであくせくしているけど、時間を掛けて巻かなければ、同じ時刻に起きたら時間は余る。

 という訳で、少し早いけど、私は朝食を取るために女子寮の食堂に出掛けることにした。

「……おはようございます!」

「おはよう」

 廊下を走り私の隣を慌ててすり抜けて行った女の子は、おそらく外部入学生だと思う。

 私のような中等部から持ち上がり組は、大体顔も見知ってしまっている。

 魔法界の義務教育は高等部だけなので、学生の数がいきなり倍になるから、在校生だって慣れるまでに数ヶ月掛かったものだ。

 時間が早過ぎて、すいている食堂には、ヒロインフローラも居た。

 まだ寮生活に慣れない彼女は、ちょうど良い時間帯がわからずに、早めの時間に食事を取りに来たのかもしれない。

 ……あ。もう仲良くなっているはずの、サポートキャラになるおさげでメガネの女の子デイジーとも、一緒に居ない。

 そういえば、王族で生徒会長のエルネストを怒らせてしまったって、あの出会いの後食堂で落ち込んでいたら、彼女が慰めてくれて仲良くなるという流れだっけ。

 ……待って待って。これが、蝶の羽ばたきが台風引き起こすと言われる、バタフライ・エフェクトなのかしら。

 あの毛虫が遅刻して落ちて来なかったというだけで、こんなにも先の展開が変わってしまうなんて……。

「まあ……ロゼッタ様、おはようございます。早いですね」

 あら。私に挨拶をしてきたのは、ステファニーだわ。悪役令嬢らしく、ロゼッタには取り巻きが三人居るんだけど、その中の代表的な一人。

「おはよう。ステファニー」

「本日は、どちらの席で食べられますか?」

 そうやって私のご機嫌を取るように、感じよくにこにこしていても、ロゼッタだって何も言わないだけで、貴女が何考えているか知っているのよ。

 取り巻きのような顔をした貴女たちは、どうにかしてエルネストに気に入られようと必死で頑張るロゼッタのことを、見ていられないみっともないと影で言って馬鹿にしているのよね。

 ロゼッタだってわかっていて、それでもここで上手くやらねばと一緒に居たのよね。

 けど、思うにそういう人と何を話しても、建設的なことなどひとつもなく、無駄な時間になると思うし、私はたとえ一人でもランチを食べられるタイプなの。

 本当の友人ならば、何かを頑張っていることに対し、決して笑ったりなんてしないはずよ。

「あ。私は今日から、食事は一人で食べるから……気にしなくて大丈夫よ。ステファニーも、好きな席で食べて」

 にっこりと微笑みそう言うと、ステファニーはぽかんとした、間抜けな表情をしていた。

 そうよね。私たちは高等部一年生の間ずっと、休み時間になればトイレも一緒に行く仲だったものね。けど、安心して。これからは挨拶と必要事項以外は、二度と話しかけないから。

 友人という名の敵と常に一緒に居るくらいなら、孤独を感じたとしても一人で居た方が断然過ごしやすい。

 朝食が載ったトレイを取って、隅の席で一人で黙々と食べていたら、三人揃ったステファニーたちがこちらを見て何か言っていた。

 けれど、ひと月もしない内に彼女たちは何の反応もしない私に飽きると思うし、嫌われたからって別に気にするほどのこともない。

 どんなに聖人でも、必ず2割には嫌われるのよ。全員に好かれようとする方が無理なのよ。

 二度目に経験する学生生活ともなると『こういう時はこうしよう』という対処方法が、自分の中で定まってしまっているものだ。

 井戸の中のように狭い世界しか知らない学生の時なら、これも辛かったのかもしれない。

 私は学生の頃から一人でも、特に気にせず行動して、大丈夫だったけど……社会人になれば、一人で行動しなければいけない必要性だってあるし、誰にも気を使わない楽さにも目覚める。

 何より美食を求めて一人旅行するのが好きだった私には、グループ行動の煩わしさに耐えるくらいなら、一人の方が断然気楽だってそう思ってしまうのよね。

 そんなことより……今食べてる朝食が不味いことが、我慢ならない。

 何をどうしたら、この材料を使ってこんなにも美味しくなくなってしまうの……? 本当に不思議だわ。