(総愛され予定の)悪役令嬢は、私利私欲で魔法界滅亡を救いたい!

 指輪に填め込まれたカメオ中央には美しい鷲が描かれていて、アクィラ魔法学園ゆかりの物なのかもしれない。

「別に、何の気配もしないな……逆に守護の力も感じる」

 鑑定でも魔法を使っているのか、エルネストの青い目は不思議に輝いていた。

「これを付けていたら、指輪に守られるということですか?」

「……そういうことだろう。まあ、好きにしろ」

 エルネストはすげなくそう言って、控え室に帰ろうとしたんだけど、私は彼の後ろに居る人を見て、エルネストの腕を掴んだ。

「……ロゼッタ?」

「エルネスト様、失礼を承知でお願いします! 私と一分一緒に居ていただけますか」

「……? 別に、構わないが」

 エルネストは首を捻りながら、その場に留まり、私は隣を通り抜ける数人は行ってしまうまで、息を止めていた。

 サザールは私のことを認識したはずだけど、隣にエルネストが居ること理解し、不機嫌そうに無言で歩いて行った。

「ありがとうございました。お忙しいのに、申し訳ありません」

 エルネストは生徒会長で、彼は第二王子……今日は力量を見られるだろうし、私と話している時間なんて、本来であればないはずだ。

「まあ、事情はわからんが……頑張れ」

 私はその時、大きな手は頭に乗って、意味がわからなかった。だって、私を嫌っているエルネストがそんなことをするなんて、思わなかったし……。

「ありがとうございます。頑張れます……」

 私がそう言って彼へ微笑むと、エルネストは変な顔をしていた。


◇◆◇


 いよいよ『魔法学園対抗試合』が始まる……くじ引きの後の、トーナメント戦なので、私たちのアクィラ魔法学園の相手はサザールの居るファルコ魔法学園だ。

「先輩たちー! 頑張ってくださいー!」

 明るくて可愛いヒロインフローラがそう応援すると、生徒会面々はまんざらでもなさそうに、こちらへ手を振ってくれた。

「ロゼッタ先輩! 先輩も、応援しましょうよ!」

「……フローラなら喜んでくれると思うけど、私は止めといた方が良いと思う」

 これは本当にそう思う。フローラやイエルクのような一年生は知らないと思うけど、二年生以上は私がどれだけエルネストに迷惑を掛けていたか知っている。

 エルネストにまた関心を戻したのかと思われると、あまり良くない。

「そんなの! もう…ごちゃごちゃした理屈は良いですから、早く応援しましょう!」

 フローラはそう言ったので、私も彼女の熱意に押されるようにして、彼らを応援することにした。

 うん。生徒会に入っているんだから、それは変なことでもなんでもないよね?

「……頑張ってくださいー! 応援しています!」

 やけくそになって叫んだんだけど、三年生の先輩やエルネストもオスカーも手を振り返してくれた。

 ……その時、私の兄サザールのにやにやした悪い笑みが視界に入り、あの人がどういう人か良く理解している妹の私には。どうしても……心の中に広がる、悪い予感が消せなかった。
 そして、私はエルネストから渡された、あの四角い小箱に入っていた指輪の事を思い出した。

 彼から渡されて咄嗟にポケットの入れたそれは、強い魔力を持つエルネスト曰く、守護の力を感じるという指輪。

 不思議なことに、アクィラ魔法学園を象徴するような鷲が刻まれていた。その時に閃いたのは、双月草を調べていたあの時だ。この学園の創設者の指輪?

「……何だろう。確かに、何か不思議な気配がする……」

 私がそれを薬指に嵌めると、何かが起こるような気はしていたけど……気がしただけだった。何も起こらない。なんとなくの期待感だけで、何もなかった。

 なんなの……私の予感って、当たらないの?

「ロゼッタ先輩……試合が、始まりますよ!」

 単に指輪を嵌めただけに終わった私は、フローラに声を掛けられて、いよいよ始まった魔法対抗戦に目を向けた。

 魔法学園対抗戦、アクィラ対ファルコの戦いは、初戦からだ。

 兄サザールは緑魔法の使い手なので、風を操る。こちらを見上げて、何か意味ありげに微笑んだ時から、嫌な予感がしていた。

 この予感こそ、当たらないでよ……!

 私たちは通常の客席ではなく、これから戦う彼らの近くにある関係者席に居たので、きっとあの兄はこう思ったのだろう。

 最近、生意気で気に入らない妹を脅かすには、これは絶好の機会だと。

 全員が揃い始まったと思った瞬間に、風が唸る音がした。空気を刃物で切り裂くような音がして、アクィラの面々も反応が難しかったと思う。

 だって、その攻撃は彼らではなく、関係者席に居た私たちに向けられていたからだ。

 私の身体は勝手に、隣に居たフローラを庇っていた。

 フローラはこの世界にとって必要な存在だし、リッチ先生の企みに対しても彼女さえ居れば何とかなる可能性はあった。

 私が使うことの出来る魔法は、赤魔法でほぼ攻撃魔法。

 誰かを守るような結界を張る能力はなくて、この子を守るには……この、身体を張るしか。

「……オスカー!」

 目を瞑って迫り来る攻撃を覚悟していた私の耳に届いたのは、エルネストがオスカーを呼んだ大きな声だった。

「……え?」

「あ……オスカー先輩……」

 フローラは目に見えて震えて、怯えていた。

 私も何があったのかと背後を振り返れば、身体能力の高いオスカーが、私たちの居る関係者席を庇うためにここまで移動して来てくれたらしい。

 そして、彼の身体をもって鋭い刃のような風から庇ってくれて、多くの血を流していたオスカーは、駆けつけた救護班に治癒魔法を掛けられていた。

 きっと……大丈夫だろう。これで、オスカーは最高級の治癒魔法が受けられるはずだ。

 けれど、この事実はオスカーがもう魔法学園対抗戦には出られなくなったことを示していた。

 今アクィラの面々には治癒魔法の使える人は居ないし、こうするしかないけれど、外部の力を借りると、出場する権利を失ってしまう。

 これを計算したのか、サザールはその時に嘲るような表情を浮かべていた。

 私がサザールを睨みつければ、仲間に何かを話していた兄は、素知らぬ顔をしていた。

 手元が狂って攻撃する方向を間違えたとしても、それは対抗戦の一部であって、ここで観戦していた私たちに危害を加えようとした訳ではないと、そう言いたかったのだろう。

 あのバカにしているような表情を見れば、これを故意にしたことは、一目瞭然の事実だと言うのに。

 アクィラの生徒会にはあまり人数が居ないし、オスカーがここで退場することになれば、規定の人数から一人足らなくなってしまう。

「わっ……私が出ます!」

 それを悟ったのだろう勘の良いフローラが自分が出ると手を挙げたので、私は慌ててしまった。

 彼女が使えるのは、今のところは白魔法だけで、治癒能力に特化しているのだ。これから上級魔法が使えるようになると、結界魔法や色々な補助魔法を使うことが出来るようになるけれど、まだ入学したばかりだった。

 つまり、今のフローラには自分の身を守る術を持たない。誰かが攻撃して来ても、それを防ぐことさえ出来ないのだ。

「いいえ。一人居ないよりは、マシです。私が出ます!」

 一人足りないと、一人で二人の相手をすることになる。今の生徒会のメンバーは皆優秀だし、影の薄い三年生の先輩たちだってそれはそうなんだけど、そこから勝敗が決まってしまうことだって容易に考えられた。

「ロゼッタ先輩? けど……」

 その時に、フローラは見るからに不安そうな表情を浮かべていた。

 サザールの態度は分かりやすかったし、私と同じ位置に居た彼女も口には出さないけど、彼の意図がわかったと思う。

 兄が妹の私を傷つけようとして、ここを攻撃魔法で狙ったという事実は。

「ねえ。フローラ。貴女は一年生でしょう? 私の方が上級生なんだから、私を出させて。大丈夫だから」

 安心させるように私はそういうと、怪我をしたオスカーが運び出されていくのを横目に、杖を取り出した。

 私の使う赤魔法は攻撃することしか、出来ないんだけど……ここでは、そうであった方が良いのかもしれない。

 遠慮なく攻撃して来た相手を、やり返すことが出来るのだから。

「わかりました! 応援していますから。怪我をしないように気をつけてください!」

「ありがとう」

 フローラにお礼を言った私は、会長のエルネストに目配せをしてから、会場へと降り立った。

 そして、面白そうな表情のサザールと目が合ったので、彼を睨み付けた。



 兄のサザールは妹ロゼッタの事が嫌いだ。というか、憎んでいる。

 理由はわからないけれど、殺してしまいたいほどに憎悪している……?

 それは、悪役令嬢ロゼッタの性格が悪くなるためだけの設定付けだったのかもしれないし、ゲームの内容なんて主要人物の軽い紹介くらいしかわからないから、ロゼッタの記憶を持っている私だってわからない。

 けれど、あれは……どう考えても、やり過ぎだった。

 身体能力が高いオスカーが庇ってくれたけれど、標的としていたロゼッタだけではなく、周囲に居る全員の命だって危なかったのだ。

 あり得ない暴挙過ぎるし、絶対に許せない。

 私が対抗戦が行われる闘技場にまで降りると、サザールが嘲るように声を掛けてきた。

「来たのか。ロゼッタ」

「……ええ。お兄様。よろしくお願いします」

 相手にせずに私が冷静に返すと、サザールは私の事を睨んで尚も重ねて言ってきた。

「お前になんか、何も出来るはずがない。おこぼれで入れた生徒会でもどうせ、嫌われているんだろう」

 鼻で笑ったサザールには何かの理由があって、妹のロゼッタを毛嫌いしているにしても、これは、あまりに酷すぎる仕打ち。