彼も昔は真面目な人だった。
　家が近所だった事もあり、幼い頃から一緒に遊んでいることが多かった。私は家で本を読んでることが好きだったがよく彼に引きずられ外へ連れてかれた。当時は嫌々だったが、おかげで運動が得意になったので今では感謝している。中学になってからは疎遠になっていたが、一度だけ彼と話したことあった。
　私は中学２年の時に県大会の決勝で敗れ全国を逃した。全国へ進んだ選手との差は0.1秒であった。スタートの反応があと少し早ければ、あとラスト10メートル粘ることが出来れば、後悔と悔しさで埋め尽くされ、家の前で泣き崩れていた。動けなくなっている私を見つけた彼は「楓なら絶対行ける。1人でダメなら俺と2人で目指そう」と励ましてくれた。
　壊れかけた私を彼は救ってくれたのだ。
　彼の助けのおかげで3年の時には念願の全国大会に出場することができた。一方透は、決勝で惜しくも敗れ全国行きを逃してしまった。私たちにはそれぞれ高校から推薦が来たが透は一般で私と同じ学校に来てくれた。誘いのあった高校が遠かったかららしいがそれでも私は嬉しかった。高校に入ってからは変な蟠りも消えたことでまた元のように話せる関係に戻ることが出来た。おかげで日々お互いを励まし合いながら練習に臨み、今日までやってきた。彼のおかげで私は中学の時のように立ち止まることなく、どんなに辛くても進むことが出来た。
　透も成長期を挟んだことで中学の頃とは比べ物にならないほど上手くなり、上級生が引退してからはキャプテンに選ばれるほどだった。周囲からの大きな期待を受けながら最後の大会に向けて順調に進んでいたが春先に行われた練習試合で大きく狂わされることになった。相手チームから悪質なタックルを受け、足に大きな怪我を負ってしまった。手術は無事成功したが、サッカーを再びできるようになるのに半年以上かかると言われ、事実上最後の大会を諦めざる得なくなった。
　全国という大きな目標を失ったなった透は、その苦しみから逃れるように今のような自堕落な生活を送るようになった。
　私は彼を励まそうと色々考えたが、所詮は部活ができる者の上から目線の慰めになってしまう。
　それではきっと届かない。
　私に出来ることは、彼との約束を守って私だけでも全国に行くことだけだ。
　そしていつか貴方も進んで欲しい。
　私は待つことしか出来ないから。
　スターターからの合図がかかりスタート位置でクラウチングの姿勢をとる。私は、一点を見つめゾーンに入る。
　パァン
　グランドに雷鳴が鳴り響き、私は走り出した。