『美保高校体育祭、二年生の部、優勝――二年一組』
 閉会式。体育委員長からコールを受けて、一組から嬌声が上がった。俺は列の中心で溜息を吐く。
 結局、俺たちは優勝を逃した。敗因はやはり代表リレー。女子の方で最下位を取った上、最後の最後で俺が一組の追い上げを許してしまい、同着一位となったのが痛かった。
 『これにて、第百二回、美保高校体育祭を終了します。なお、この後行われます、有志によるフォークダンスは…』
 ついに、全プログラムが終わった。アイスクリームが溶けるように、生徒たちは列を崩していく。四組の連中は特に落胆するでもなく、「この後どうする?」と気楽に話していた。
 ……多分最初から、コイツらは本気で優勝を目指してなかった。今までの努力や団結は、西条や上垣がもたらした熱に、一時的に浮かされただけのものだろう。
 でも、別にそれは悪いことじゃない。大繩の時の結束は本物だったし、この日限りの輝きというのも、流れ星のようで儚い。何より、西条がしつこく責められてなくて安堵した。
 「さて。笹原でも探すか…」
 「ちょっと。どこ行くのよ」
 突然、後ろから声を掛けられた。振り返ると、腰に手を当てて西条が立っていた。
 「私とフォークダンス踊るって約束、忘れたの?」
 あっ、と思い出す。そういえば、そんな誘いを受けたような。
 「ダンスってお前……足首やってんだろ」
 「それなら大丈夫よ。さっき保健室で診てもらったから」
 西条が視線を落とした。左足首に真新しいテープが巻かれている。俺がリレーを終えてから今まで姿を見なかったのは、そういうことか。
 「何よ。私と踊るの、嫌?」
 西条が見上げてくる。瞳には、微かな不安が映っていた。俺は少し間を空けて答える。
 「……嫌じゃない、全然」
 「!」
 真っ直ぐに彼女の目を見て言った。もう、自分の気持ちに嘘は吐かない。
 「そ、そうこなくっちゃ!じゃあ、朝まで踊り明かすわよ!」
 西条が嬉しそうに校庭に進み出る。すると、足を挫いて体勢を崩した。「きゃっ」と声が上がるより前に、俺は彼女の手を掴んだ。
 「あっぶねぇ……お前、やっぱ休んでた方が」
 冷や汗を垂らして言うと、西条がサッと頬を赤くして呟いた。
 「でも……あなたと踊るの、すごく楽しみで」
 「!」
 バクン、と心臓が跳ねる。西条は恥ずかしそうに顔を俯けた。
 「リレーを走ってる時のあなた、ちゃんと主人公だったわよ。それも、私が今までに観たどの映画よりも、格好良い主人公」
 「なっ……」
 顔が一気に熱くなる。西条は俺の手をいっそう強く掴むと、ぐっと身を起こした。
 「ほら、始まったわよ」
 西条が呟く。本部横のスピーカーから、軽快なメロディが流れ出した。昔懐かしのオクラホマミキサー。周囲を見渡すとカップルらしき男女が沢山いた。みんな互いに手を取り合っている。
 「優勝は出来なかったけど……まあ、これもこれでアリね」
 「……そうだな」
 俺は静かに微笑む。それから西条に手を引かれて、ぎこちなくステップを踏み出した。 〈了〉