「戦犯」
 リレーを終え、テントに戻ってきた西条に向かって、誰かが呟いた。
 「…………ごめんなさい」
 西条は深く項垂れた。クラスメイトはそんな彼女から距離を取る。みんなそれぞれ怒っていたり、落胆していたり、声を掛けるべきか迷っていたりした。だが、その誰もが彼女に対して近づこうとしない。まさに腫れ物扱いだった。
 西条は左足を引きずって、テントの中に戻った。いつもの明るさからは想像できないほど、酷く落ち込んでいた。
 俺は、西条の怪我を知っていた。だから、リレーの辞退を勧めることも、もしくは他の競技を辞退させて、少しでも足首を休ませてから走るよう提案することも出来た。
 だが、俺は何もしなかった。西条なら大丈夫だと、無理やり自分を信じ込ませて、現実に全てを委ねた。
 「久保。もうリレー始まんぞ」
 後悔と罪悪感に駆られていると、上垣に呼ばれた。もうすぐ出番だ。だけど俺には、まだやり残したことがあるはずだ。
 「……悪い。先に行っててくれ」
 「ちょっ、おい!」
 上垣の制止を振り切って、四組のテントに向かう。中に入ると、西条が一人で椅子に座っていた。表情は虚ろで、外の喧騒が嘘のようにテントの中は静かだった。
 「西条」
 「⁉久保くん……あなた、リレーは⁉」
 西条がこちらを見た。憔悴し切った顔に驚愕が浮かぶ。
 「多分間に合う。それより、ちょっといいか」
 パアン、と空砲が聞こえた。遅れて上がった歓声から、たった今リレーがスタートしたことが分かる。
 「も、もう始まっちゃったじゃないの!早く行かないと、私みたいに……」
 西条の声が萎れる。
 「私みたいに……叱られちゃう」
 ふっ、と西条の顔に影が差す。俺は彼女のすぐそばまで足を進めた。
 「落ち込んでるとこ悪いが……俺、結構前から西条のこと苦手だった」
 西条は何も言わない。俺は構わず言葉を続けた。
 「嫌いだったんだ、綺麗事ばっか言う奴。自分を偽って、他人から良く思われようと必死みたいで」
 「私も、あなたから見たらそうだったのかしら」
 「最初はな。でも、体育祭を通じて考えを改めた」
 俺の返答に、西条の顔が上がる。
 「……西条はただ、自分の中にある熱にどこまでも正直なだけだった。映画とかドラマに憧れて、その気持ちを糧に努力できる、誰よりも純粋な女の子だった」
 「……久保くん」
 濡れた瞳で、西条が見つめてくる。
 「格好良かったよ、西条。多分、誰よりも主人公だった。だから、リレーでこけたくらいでクヨクヨすんな」
 「そ、そんなこと言っても…」
 「次は俺が主人公になる。だから、その姿を見ててくれないか」
 耳の裏が熱くなる。我ながら臭い台詞だ。でも、決意を口にできた爽快感の方が大きかった。これでいい。もう、何もかも吹っ切れた。
 「ま、待って……久保くんっ!」
 背中に叫びを受けながら、俺は光満ちるテントの外へ駆け出した。