結果から言うと、大繩は大成功だった。俺たち四組が一位を勝ち取り、クラス優勝に大きく手を掛けた。あれだけバラバラだった状態から一念発起しての大勝利に、西条はじめ四組の生徒は大いに沸いた。遠くで見守っていた矢野先生も、見たことのない笑顔で勝利を讃えていた。
そんな歓喜の渦の中で、俺は一人黙っていた。大繩が始まる直前、いや、本当はもっと前から兆候はあった。とにかく、世界に投げ出されたような孤独感が、今だに胸を巣食っていた。
『ここで決着ぅ~!今年の一年生代表リレー王者は、三組だぁ~!』
本部席の笹原がマイクを握り締めた。目の前でバトンを持った男子がゴールテープを切る。十五時を回り、一年の代表リレーが終わったところだった。
「ついに私たちの番ね」
西条がハチマキを巻き直した。俺たちのクラスは現在二位。だが首位の一組との差は僅か十ポイントのため、最後の競技であるリレーが命運を分ける。
「さっきからボーッとしてるけど、大丈夫?」
西条に顔を覗き込まれた。俺は慌てて口を開く。
「ちょっと疲れただけだ。お前こそ大丈夫か、足」
チラリと西条の足首を見る。朝と同様、真っ白なテープが巻かれていた。
「平気って言ったでしょ。大繩の時も何ともなかったの、見てたじゃない」
「ま、まあな」
確かに、西条は俺の目の前で跳んでいた。だけど正直、さっきの大繩はあまり記憶にない。ほとんど脳死状態で縄を回していた。
「じゃあ私、先に行くわね」
西条が地を蹴った。代表リレーは男女別で行われ、女子から始まる。
「頑張れよ」
短くエールを送って、俺はすぐにテントに戻ろうとした。だがその時、西条に呼び止められた。
「ごめん、言うの忘れてた」
「なんだよ……」
息を弾ませて戻ってきた西条に、眉根を寄せる。今は早く一人になりたかった。
「体育祭の後、有志でフォークダンスあるじゃない?あれ、一緒に踊るわよ」
「は、はぁ⁉」
思わず叫んでしまった。たしかに、美保高にそんな伝統はある。だけどアレに参加するのは基本的にリア充だけだ。俺みたいな奴がいると確実に浮く。幸い強制じゃないから一年の時は無視して帰ったが……
「じゃあね!他の子と約束しないでよ!」
たっ、と西条は駆け出した。俺が呼び止める暇もなく、リレー出場者の集まりに消えていく。
「マ、マジか……」
俺は口元を手で覆った。女子からあんなこと言われたの生まれて初めてだ。嬉しさか興奮か、とにかく舞い上がりそうな気分になる。
だけど、俺の心は暗澹としたままだった。西条海鈴という人間は、俺なんかが関わるには立派すぎる。きっと俺は彼女の手を握れない。握れたとしても、透明なわたあめを掴むような感覚しか得られない。俺とは住む世界が違いすぎて、彼女の存在を形ある、血の通ったものとして認識できない。そんな気がした。
「......やっぱり、後で断ろう」
俺は独りごちて、自陣のテントに戻った。
女子のリレーが始まった。優勝を左右する最後の勝負ということもあって、四組の生徒の大半が、応援のためトラックに詰め寄っていた。だけど俺はその中に入る気になれず、テントの中で静かに見守ることにした。
四組は序盤から二位を維持していた。首位を走る一組に追いつかんと女子が食らいつく。次々とバトンが受け渡され、レースはあっという間に終盤へ。校庭中を凄まじい熱気が立ち昇っていた。
「うっ……」
俺は手で口を覆った。見ているだけで緊張がヤバい。陸上部の頃のトラウマも相まって、今にも弁当を戻しそうだ。俺、この後本当に走れるのか?
『バトンがアンカーに渡りました!四組のアンカーは西条海鈴!物凄い加速だぁ!』
西条は洗練された綺麗なフォームで駆け抜けた。一瞬で距離を詰め、一組のアンカーと並ぶ。ワアッと歓声が上がった。観客の期待が膨れ上がる。
その時だった。ぐら、と西条の体が傾いた。俺は「あっ」と短く叫ぶ。
『な、なんと……ここでハプニング!四組のアンカーが転倒!転倒しました!』
西条が地面に膝を打ち付けていた。その光景に、誰もが啞然となる。
俺は驚愕に目を見開いた。だが西条が自分の左足首を抑えているのを見て、すぐに何が起きたか理解した。
『ああっ!四組抜かれる!二組と三組に、後ろから抜かれる!』
笹原の悲鳴が響く。一時は首位にまで並んだ四組は、あっけなく最下位に転落した。
そんな歓喜の渦の中で、俺は一人黙っていた。大繩が始まる直前、いや、本当はもっと前から兆候はあった。とにかく、世界に投げ出されたような孤独感が、今だに胸を巣食っていた。
『ここで決着ぅ~!今年の一年生代表リレー王者は、三組だぁ~!』
本部席の笹原がマイクを握り締めた。目の前でバトンを持った男子がゴールテープを切る。十五時を回り、一年の代表リレーが終わったところだった。
「ついに私たちの番ね」
西条がハチマキを巻き直した。俺たちのクラスは現在二位。だが首位の一組との差は僅か十ポイントのため、最後の競技であるリレーが命運を分ける。
「さっきからボーッとしてるけど、大丈夫?」
西条に顔を覗き込まれた。俺は慌てて口を開く。
「ちょっと疲れただけだ。お前こそ大丈夫か、足」
チラリと西条の足首を見る。朝と同様、真っ白なテープが巻かれていた。
「平気って言ったでしょ。大繩の時も何ともなかったの、見てたじゃない」
「ま、まあな」
確かに、西条は俺の目の前で跳んでいた。だけど正直、さっきの大繩はあまり記憶にない。ほとんど脳死状態で縄を回していた。
「じゃあ私、先に行くわね」
西条が地を蹴った。代表リレーは男女別で行われ、女子から始まる。
「頑張れよ」
短くエールを送って、俺はすぐにテントに戻ろうとした。だがその時、西条に呼び止められた。
「ごめん、言うの忘れてた」
「なんだよ……」
息を弾ませて戻ってきた西条に、眉根を寄せる。今は早く一人になりたかった。
「体育祭の後、有志でフォークダンスあるじゃない?あれ、一緒に踊るわよ」
「は、はぁ⁉」
思わず叫んでしまった。たしかに、美保高にそんな伝統はある。だけどアレに参加するのは基本的にリア充だけだ。俺みたいな奴がいると確実に浮く。幸い強制じゃないから一年の時は無視して帰ったが……
「じゃあね!他の子と約束しないでよ!」
たっ、と西条は駆け出した。俺が呼び止める暇もなく、リレー出場者の集まりに消えていく。
「マ、マジか……」
俺は口元を手で覆った。女子からあんなこと言われたの生まれて初めてだ。嬉しさか興奮か、とにかく舞い上がりそうな気分になる。
だけど、俺の心は暗澹としたままだった。西条海鈴という人間は、俺なんかが関わるには立派すぎる。きっと俺は彼女の手を握れない。握れたとしても、透明なわたあめを掴むような感覚しか得られない。俺とは住む世界が違いすぎて、彼女の存在を形ある、血の通ったものとして認識できない。そんな気がした。
「......やっぱり、後で断ろう」
俺は独りごちて、自陣のテントに戻った。
女子のリレーが始まった。優勝を左右する最後の勝負ということもあって、四組の生徒の大半が、応援のためトラックに詰め寄っていた。だけど俺はその中に入る気になれず、テントの中で静かに見守ることにした。
四組は序盤から二位を維持していた。首位を走る一組に追いつかんと女子が食らいつく。次々とバトンが受け渡され、レースはあっという間に終盤へ。校庭中を凄まじい熱気が立ち昇っていた。
「うっ……」
俺は手で口を覆った。見ているだけで緊張がヤバい。陸上部の頃のトラウマも相まって、今にも弁当を戻しそうだ。俺、この後本当に走れるのか?
『バトンがアンカーに渡りました!四組のアンカーは西条海鈴!物凄い加速だぁ!』
西条は洗練された綺麗なフォームで駆け抜けた。一瞬で距離を詰め、一組のアンカーと並ぶ。ワアッと歓声が上がった。観客の期待が膨れ上がる。
その時だった。ぐら、と西条の体が傾いた。俺は「あっ」と短く叫ぶ。
『な、なんと……ここでハプニング!四組のアンカーが転倒!転倒しました!』
西条が地面に膝を打ち付けていた。その光景に、誰もが啞然となる。
俺は驚愕に目を見開いた。だが西条が自分の左足首を抑えているのを見て、すぐに何が起きたか理解した。
『ああっ!四組抜かれる!二組と三組に、後ろから抜かれる!』
笹原の悲鳴が響く。一時は首位にまで並んだ四組は、あっけなく最下位に転落した。

