「あっつ……」
 俺は手で日除けを作る。練習三日目、今日も俺たちは午後から校庭に集まっていた。正午を境に上昇した気温はここ最近で一番高い。そのせいか、四組の連中は昨日以上にウンザリとした空気を漂わせていた。ちなみに今日は矢野先生が見学に来ていて、彼も暑そうにパタパタと団扇を振っていた。
 「では、今日の練習を始めます」
 チャイムが鳴ると、西条が前に進み出た。しかし生徒たちは雑談に夢中で見向きもしない。見かねた矢野先生が注意するも、お喋りが止む気配はない。西条が困ったように肩を落とした。俺はクラスメイトに対する憤りを覚え、声を発するかどうか迷う。
 「おい、少しは西条の話を――」
 「てめぇら!もう少し静かにしやがれ!」
 俺が何とか口を開いた時。突如、乱暴な声音が空気を震わせた。生徒たちは一斉に唇を閉じて、声がした方をおそるおそる振り向く。
 「……なんで、あなたがここに」
 静まり返った俺たちの間に、西条の驚愕に満ちた声が響いた。
 「あ?んなもん、体育祭の練習やるために決まってんだろ」
 一番後ろに立つ上垣が、不機嫌そうに言った。次の瞬間、クラスは騒然となる。
 「う、上垣がやる気になった?」
 「ちょ、マジ?なんでいきなり……」
 「もしかして何か企んでんじゃねーか⁉」
 慌てふためく生徒を見て、俺は密かにガッツポーズを作る。やはり、クラスの空気を根底から変えるには上垣が不可欠だった。
 「おい西条。ボーッとしてねえで、やろうぜ、大繩」
 「え?あ、そ、そうね……」
 西条は夢でも見ているような表情だった。俺はそんな彼女の姿に、やれやれと溜息を吐く。
 これは夢じゃない。お前が信念を貫いた結果、その手に掴んだ確かな現実だ。
 「おい!まさかサボろうなんて思ってる奴、いねーよなぁ⁉」
 上垣がクラス中を睨み付けた。生徒たちは震え上がり、一斉にかぶりを振る。凄まじい恐怖政治だ。
 「上垣くん、あまりみんなを怖がらせないでね。……それじゃあ、練習を始めましょうか」
 西条が苦笑した。その表情からは、昨日までの憂いが嘘のように消えていた。