翌日、放課後になり私は演劇部の部室へと足を運んだ。
「あ……」
部室扉の前に、久遠くんが立っていた。手には昨日と同じくシャボン玉の拭き具。ふうっと息を吹きかけると、廊下に小さな光の玉が浮かび上がる。
「く、久遠くん」
呼びかけると、彼はゆっくりとこちらを振り向いた。
「……名前ばれてるんだね。僕の生徒手帳、拾ってたりする?」
「うん。踊り場で拾って……」
「そ。ありがと」
手帳を受け取る久遠くんに、私は勢いのまま、鞄の中から原稿用紙を差し出した。私の想いは、全てこの中に詰め込まれていた。
「……これは?」
「台本。昨日の、あなたとのエチュードから思い付いて、一晩で書き上げたの。私版のロミオとジュリエット」
久遠くんは黙って、それを見下ろした。
「どうして僕に?」
「あなたを、ロミオにしたくて書いたの。私と一緒に演じて欲しい」
一瞬、彼の目が大きく見開かれた。でも、すぐにかぶりを振った。
「無理。言っただろう、僕は演劇はできない」
「どうしても……なの?」
「どうしても。少しは調べたりしてくれたんじゃない? 虚構症候群のこと」
「うん。調べて、ニュース記事も読んだ」
「だったら分かるだろう。僕は発症してから7年経ってるステージⅡの感染者」
「ステージⅡ……って確か、虚構症候群の進行度合いだよね」
「そ」
久遠くんと私は、部室へと入る。彼はホワイトボードの前でペンを手に取った。
「発症前から末期までステージが5段階ある。Ⅱ期は進行期に区分される」
調べた限り、綾瀬凛花は末期のステージⅣだったらしい。そのレベルまで進行すると、周囲の人は1日前に会ったことすら忘れてしまうようだ。
「僕に関する記憶は、古い順からどんどん失われてる状態。小学校の友達も先生も、もう僕のことを覚えていない人がほとんど」
「……!」
小学校という言葉に驚く。もう、そんなところまで進行しているの?
久遠くんは手元のストローを口に付けて噴いた。窓の外にシャボン玉がぶわっと広がっていく。夕陽の光を反射して虹色に輝くそれは、飛ぶとすぐに消えていった。
「このシャボン玉と同じ。ステージⅣの末期に進行するまで、僕には時間が残されてない――僕に関する記憶はあと二年程度で皆から完全に消えていく。橘さん、君も例外じゃない。演劇なんて、やる意味なんてないだろう」
「やる意味なんて、ない?」
「そ。僕が舞台に立ってたのだって小学生の頃だよ。今更立ちたいなんて思わない」
「……う、嘘だよね、それ」
ぴくりと、私の指摘に久遠くんの方が僅かに揺れた。
「久遠くん、本当にそう思ってるの? 昨日の演劇にブランクがあるなんて思えなかった。舞台には立たなかったけれど、ずっと一人で、陰で演劇の練習を続けてたんじゃないのかな……?」
「……」
彼は私から顔を逸らした。
「久遠くんは、演劇やりたくないの?」
「……」
久遠くんは無言のまま、窓の外を見つめている。
「私ね。昨日の空き教室での久遠くんの演技を見て、すっと世界に引き込まれた」
あそこは確かにジュリエットの部屋のバルコニーだった。
「私は久遠くんの舞台を見てみたいよ。だから、これを書いたの。これ、読んでみて。気に入らなかったら、もう二度と久遠くんを誘わない」
「……自信たっぷりだね」
別に自信があるわけじゃない。私は、世界一面白い脚本を書きたいと思ってる。でも、出来あがったものはいつも歪で、顔を覆いたくなる。皆での脚本の読み合わせの時だって、何を言われるか戦々恐々だ。
(だからこれは自信とかじゃなくて……私の覚悟)
彼を――久遠くんを舞台に上げる。中途半端な物なんて出せるわけがない。一公演十五分の短い出し物だ。彼は原稿用紙をぺらぺらと捲くっていく。私が緊張している中、くすりと久遠くんが笑った。
「な、なんか面白かったかな……?」
大きな笑いを誘うようなシーンを入れた記憶はない。
「いや、うん。等身大だなって」
「と、等身大?」
「たぶん、橘さん自身がそのまま台詞に映ってるから」
「……それは、そうかも」
私は顔が熱くなる。私の素直な思いをその原稿用紙の束に籠めている。
久遠くんは最終ページまで目を落とすと、顔を上げた。
「お世辞は言わない。忖度もしない。そういうの苦手だから」
「……うん」
「面白かった。すごく」
ぐっと、私は手を握りしめてしまう。
(やった……!)
でも、久遠くんの顔はまだ曇っている。私は理解する。まだ、久遠くんは演劇をする気がない。脚本が面白いだけじゃだめだ。彼を動かすには、やはり――。
と、その時だ。部室の背後で、扉が勢いよく開いた。
廊下に立っていたのは、髪の先端を巻いた縦ロールの女子生徒だった。ただし、胸元のリボンには、他の生徒とは異なる繊細な金刺繍が施されている。
「ごきげんよう、演劇部」
穏やかな、けれど微塵も隙を感じさせない声。彼女は巻き髪の中に指を入れ、くるくると回している。彼女は部室を見回して「ふむ」と頷く。
「小汚い部室ですわね。まあ、休息スペースくらいにはなるかしら」彼女は私を見つめて、にんまりと笑う。「あなたが演劇部ただ一人の部員、橘さん?」
「……き、綺羅さん」
「ごめん橘さん」久遠くんが言う。「この派手な人、知り合い?」
「わたくしを知らない? あなた本当にこの学校の生徒なの?」彼女は巻いた髪に指を入れくるくると回す。「綺羅もくめ。この名前はご存じでしょう?」
綺羅さんは優雅に笑う。
だが、久遠くんは少しも怯まずに首を傾げた。
「いや、全然知らない」
そのあっけらかんとした返答に、綺羅さんはぴくりと眉をひそめた。
「あ、あなた……本当にこの学校の生徒ですの? 世間知らずにもほどがありますけれど」
「く、久遠くん! 彼女は、生徒会副会長だよ」
私は必死に補足する。この学園の生徒会副会長にして、学園運営母体の理事関係者の娘。生徒間では知らぬ者のない存在。教師ですら、彼女には容易く逆らえない。
「そう……」
と久遠くんはさして興味もなさそうに言う。
「あ、あの……綺羅さん。ど、どうしてここへ?」
「演劇部に関して、正式な通達を持参しておりますの」
彼女が懐から取り出したのは、一枚の封筒だった。朱色の校章スタンプが押されており、一目で公式文書だと分かる。
「部活再編になりますわ。演劇部は存続の見込みが極めて難しいと判断されました。従いまして、部室の明け渡し、さらには同好会への降格を検討しております」
「え……えええ?」
いきなり突き付けられた言葉に、頭が真っ白になる。
「あら、顧問の仁科先生から通達が行っておりませんの? 女バドが部室の増設を望んでおります。あの部は全国大会にも出場して、高実績ですから」
「に、仁科先生からは、部員が二人以上入ればいいって……。それに、降格なんて話は聞いてないです……!」
「改めて考え直しましたの。たかだか演劇部に部員が数人程度入ったからって無駄ではなくて? 全国大会常連の女バドに明け渡す方が、学園全体のためでしょう?」
綺羅さんはにんまりと笑う。
「それに演劇部は大した実績もないのですもの。未来ある部へ資源を振り分けるのは、当然の施策ですわ」
「……!」
「昨年の出場校は県で六十三校」
綺羅さんの言葉を遮り、久遠くんの言葉が響く。
「な、なんですの?」
綺羅さんは眉を顰めた。
「その県大会で、創作脚本賞を取ったのが昨年の演劇部実績。部員数僅か四人でそれを成し遂げた。これでも、無意味?」
久遠くんは、一歩も退かず綺羅さんを見据える。
私の胸がぎゅっと締め付けられる。
(く、久遠くん……)
けれど、綺羅さんは涼しい顔で応じた。
「ふぅん……でも、しょせん演劇でしょう? わたくし、演劇はあまり好みではありません。――ごっこ遊びにしか見えませんもの」
「そのごっこで、僕たちは人の心を動かすんだ」真っ直ぐな声だった。「明日は新入生向けの文化部紹介公演がある。そこを見てから判断しても、遅くないんじゃないか?」
二人はしばし無言のまま見つめ合う。
やがて綺羅さんは、肩をすくめた。
「……まあ、せいぜい頑張ってください。分かり切った結果かと思いますけれど?」
それだけ言い残すと、蔑んだような笑みと共に、綺羅さんは部室を出ていった。
静まり返った部室で、久遠くんは私に向き直る。
「――やろっか、その脚本」
「え?」
「勘違いしないで。演劇部に入るつもりはない。ただ、新歓公演には立つよ」
「え、ええ!? それは嬉しいけれど、どうして……」
「舞台にもう立たないって決めたけど――あの人に、少し分からせたくなっただけ。橘さんの書いた脚本は面白いし、演劇はすごいんだって」
「あ、ありがとう……! そ、それじゃあ、大変だけれど、台詞を頭の中に入れてもらって」
「大丈夫」久遠くんは頭を叩く。「もう入ってる」
「い、一度読んだだけで……?」
「うん。面白かったから」
彼はそう言うと目を閉じて、静かに開けた。
空気が、ぴんと張り詰める。
そこに立っていたのはもう、久遠透じゃなかった。
私が書いた脚本の人物になり切っている。
(これだ……)
ぞくりと、私の身体に震えが走る。悪寒なんかじゃない。歓喜だ。
私たちの舞台の幕が上がる。
「あ……」
部室扉の前に、久遠くんが立っていた。手には昨日と同じくシャボン玉の拭き具。ふうっと息を吹きかけると、廊下に小さな光の玉が浮かび上がる。
「く、久遠くん」
呼びかけると、彼はゆっくりとこちらを振り向いた。
「……名前ばれてるんだね。僕の生徒手帳、拾ってたりする?」
「うん。踊り場で拾って……」
「そ。ありがと」
手帳を受け取る久遠くんに、私は勢いのまま、鞄の中から原稿用紙を差し出した。私の想いは、全てこの中に詰め込まれていた。
「……これは?」
「台本。昨日の、あなたとのエチュードから思い付いて、一晩で書き上げたの。私版のロミオとジュリエット」
久遠くんは黙って、それを見下ろした。
「どうして僕に?」
「あなたを、ロミオにしたくて書いたの。私と一緒に演じて欲しい」
一瞬、彼の目が大きく見開かれた。でも、すぐにかぶりを振った。
「無理。言っただろう、僕は演劇はできない」
「どうしても……なの?」
「どうしても。少しは調べたりしてくれたんじゃない? 虚構症候群のこと」
「うん。調べて、ニュース記事も読んだ」
「だったら分かるだろう。僕は発症してから7年経ってるステージⅡの感染者」
「ステージⅡ……って確か、虚構症候群の進行度合いだよね」
「そ」
久遠くんと私は、部室へと入る。彼はホワイトボードの前でペンを手に取った。
「発症前から末期までステージが5段階ある。Ⅱ期は進行期に区分される」
調べた限り、綾瀬凛花は末期のステージⅣだったらしい。そのレベルまで進行すると、周囲の人は1日前に会ったことすら忘れてしまうようだ。
「僕に関する記憶は、古い順からどんどん失われてる状態。小学校の友達も先生も、もう僕のことを覚えていない人がほとんど」
「……!」
小学校という言葉に驚く。もう、そんなところまで進行しているの?
久遠くんは手元のストローを口に付けて噴いた。窓の外にシャボン玉がぶわっと広がっていく。夕陽の光を反射して虹色に輝くそれは、飛ぶとすぐに消えていった。
「このシャボン玉と同じ。ステージⅣの末期に進行するまで、僕には時間が残されてない――僕に関する記憶はあと二年程度で皆から完全に消えていく。橘さん、君も例外じゃない。演劇なんて、やる意味なんてないだろう」
「やる意味なんて、ない?」
「そ。僕が舞台に立ってたのだって小学生の頃だよ。今更立ちたいなんて思わない」
「……う、嘘だよね、それ」
ぴくりと、私の指摘に久遠くんの方が僅かに揺れた。
「久遠くん、本当にそう思ってるの? 昨日の演劇にブランクがあるなんて思えなかった。舞台には立たなかったけれど、ずっと一人で、陰で演劇の練習を続けてたんじゃないのかな……?」
「……」
彼は私から顔を逸らした。
「久遠くんは、演劇やりたくないの?」
「……」
久遠くんは無言のまま、窓の外を見つめている。
「私ね。昨日の空き教室での久遠くんの演技を見て、すっと世界に引き込まれた」
あそこは確かにジュリエットの部屋のバルコニーだった。
「私は久遠くんの舞台を見てみたいよ。だから、これを書いたの。これ、読んでみて。気に入らなかったら、もう二度と久遠くんを誘わない」
「……自信たっぷりだね」
別に自信があるわけじゃない。私は、世界一面白い脚本を書きたいと思ってる。でも、出来あがったものはいつも歪で、顔を覆いたくなる。皆での脚本の読み合わせの時だって、何を言われるか戦々恐々だ。
(だからこれは自信とかじゃなくて……私の覚悟)
彼を――久遠くんを舞台に上げる。中途半端な物なんて出せるわけがない。一公演十五分の短い出し物だ。彼は原稿用紙をぺらぺらと捲くっていく。私が緊張している中、くすりと久遠くんが笑った。
「な、なんか面白かったかな……?」
大きな笑いを誘うようなシーンを入れた記憶はない。
「いや、うん。等身大だなって」
「と、等身大?」
「たぶん、橘さん自身がそのまま台詞に映ってるから」
「……それは、そうかも」
私は顔が熱くなる。私の素直な思いをその原稿用紙の束に籠めている。
久遠くんは最終ページまで目を落とすと、顔を上げた。
「お世辞は言わない。忖度もしない。そういうの苦手だから」
「……うん」
「面白かった。すごく」
ぐっと、私は手を握りしめてしまう。
(やった……!)
でも、久遠くんの顔はまだ曇っている。私は理解する。まだ、久遠くんは演劇をする気がない。脚本が面白いだけじゃだめだ。彼を動かすには、やはり――。
と、その時だ。部室の背後で、扉が勢いよく開いた。
廊下に立っていたのは、髪の先端を巻いた縦ロールの女子生徒だった。ただし、胸元のリボンには、他の生徒とは異なる繊細な金刺繍が施されている。
「ごきげんよう、演劇部」
穏やかな、けれど微塵も隙を感じさせない声。彼女は巻き髪の中に指を入れ、くるくると回している。彼女は部室を見回して「ふむ」と頷く。
「小汚い部室ですわね。まあ、休息スペースくらいにはなるかしら」彼女は私を見つめて、にんまりと笑う。「あなたが演劇部ただ一人の部員、橘さん?」
「……き、綺羅さん」
「ごめん橘さん」久遠くんが言う。「この派手な人、知り合い?」
「わたくしを知らない? あなた本当にこの学校の生徒なの?」彼女は巻いた髪に指を入れくるくると回す。「綺羅もくめ。この名前はご存じでしょう?」
綺羅さんは優雅に笑う。
だが、久遠くんは少しも怯まずに首を傾げた。
「いや、全然知らない」
そのあっけらかんとした返答に、綺羅さんはぴくりと眉をひそめた。
「あ、あなた……本当にこの学校の生徒ですの? 世間知らずにもほどがありますけれど」
「く、久遠くん! 彼女は、生徒会副会長だよ」
私は必死に補足する。この学園の生徒会副会長にして、学園運営母体の理事関係者の娘。生徒間では知らぬ者のない存在。教師ですら、彼女には容易く逆らえない。
「そう……」
と久遠くんはさして興味もなさそうに言う。
「あ、あの……綺羅さん。ど、どうしてここへ?」
「演劇部に関して、正式な通達を持参しておりますの」
彼女が懐から取り出したのは、一枚の封筒だった。朱色の校章スタンプが押されており、一目で公式文書だと分かる。
「部活再編になりますわ。演劇部は存続の見込みが極めて難しいと判断されました。従いまして、部室の明け渡し、さらには同好会への降格を検討しております」
「え……えええ?」
いきなり突き付けられた言葉に、頭が真っ白になる。
「あら、顧問の仁科先生から通達が行っておりませんの? 女バドが部室の増設を望んでおります。あの部は全国大会にも出場して、高実績ですから」
「に、仁科先生からは、部員が二人以上入ればいいって……。それに、降格なんて話は聞いてないです……!」
「改めて考え直しましたの。たかだか演劇部に部員が数人程度入ったからって無駄ではなくて? 全国大会常連の女バドに明け渡す方が、学園全体のためでしょう?」
綺羅さんはにんまりと笑う。
「それに演劇部は大した実績もないのですもの。未来ある部へ資源を振り分けるのは、当然の施策ですわ」
「……!」
「昨年の出場校は県で六十三校」
綺羅さんの言葉を遮り、久遠くんの言葉が響く。
「な、なんですの?」
綺羅さんは眉を顰めた。
「その県大会で、創作脚本賞を取ったのが昨年の演劇部実績。部員数僅か四人でそれを成し遂げた。これでも、無意味?」
久遠くんは、一歩も退かず綺羅さんを見据える。
私の胸がぎゅっと締め付けられる。
(く、久遠くん……)
けれど、綺羅さんは涼しい顔で応じた。
「ふぅん……でも、しょせん演劇でしょう? わたくし、演劇はあまり好みではありません。――ごっこ遊びにしか見えませんもの」
「そのごっこで、僕たちは人の心を動かすんだ」真っ直ぐな声だった。「明日は新入生向けの文化部紹介公演がある。そこを見てから判断しても、遅くないんじゃないか?」
二人はしばし無言のまま見つめ合う。
やがて綺羅さんは、肩をすくめた。
「……まあ、せいぜい頑張ってください。分かり切った結果かと思いますけれど?」
それだけ言い残すと、蔑んだような笑みと共に、綺羅さんは部室を出ていった。
静まり返った部室で、久遠くんは私に向き直る。
「――やろっか、その脚本」
「え?」
「勘違いしないで。演劇部に入るつもりはない。ただ、新歓公演には立つよ」
「え、ええ!? それは嬉しいけれど、どうして……」
「舞台にもう立たないって決めたけど――あの人に、少し分からせたくなっただけ。橘さんの書いた脚本は面白いし、演劇はすごいんだって」
「あ、ありがとう……! そ、それじゃあ、大変だけれど、台詞を頭の中に入れてもらって」
「大丈夫」久遠くんは頭を叩く。「もう入ってる」
「い、一度読んだだけで……?」
「うん。面白かったから」
彼はそう言うと目を閉じて、静かに開けた。
空気が、ぴんと張り詰める。
そこに立っていたのはもう、久遠透じゃなかった。
私が書いた脚本の人物になり切っている。
(これだ……)
ぞくりと、私の身体に震えが走る。悪寒なんかじゃない。歓喜だ。
私たちの舞台の幕が上がる。
