仁藤さんに布藤を紹介してからは、休み時間に仁藤さんと話す機会が増えた。
 というより、ぼくと布藤が話しているとき、布藤が仁藤さんに声をかけていた。
 少しでも仁藤さんとの接点を増やそうとする、布藤なりの努力だろう。
 小学生の頃に同じ学習塾へ通っていたという話も、無事にできたようだった。
 
 声を掛けられた仁藤さんはいつも通りの冷たい仮面でこちらを向いたが、布藤とぼくからの声掛けだとわかると、安心した表情に変わって近寄ってきてくれた。
 仁藤さんは人気がある。
 だから、休み時間には違うクラスどころか違う学年からもお客さんがやってくる。
 そして、仁藤さんに好かれようとしているのか、自慢の混じった雑談をして帰っていくという状況が続いている。
 知らない人と話すのって疲れるんだよね、なんて仁藤さんは言ってたから、知っているぼくたちだと安心できるのだろう。
 
 ぼくたちと話している間は、さすがに誰も仁藤さんに話しかけることはなかった。
 違うクラスから来た人も、違う学年から来た人も、遠目で仁藤さんを見てすごすごと帰っていく。
 ぼくと仁藤さんだけなら、構わず話しかけてきたことだろう。
 ぼくの姿は、そういう人たちには映らない。
 でも、ここにはもう一人、布藤がいる。
 布藤は同級生より体が一回り大きくて、しっかり筋肉もついている。
 おまけに、仁藤さんと話している状況もあってか、全身から邪魔するなオーラが出ている。
 そんな布藤を見ては、さすがに話しかけられないだろう。
 
 仁藤さんも、ぼくたちと話していれば、知らない人と話さなくて済むと思ったのだろう。
 何度か布藤が誘った後には、仁藤さんが自分からやって来るようになった。
 
 ぼくたちと話しているときには、仁藤さんは冷たい仮面を外し、女の子らしい笑顔を見せてくれた。
 いつもと違う仁藤さんの表情を見られてしまえば、噂が立つのは必然だった。
 
「仁藤さんって、よく布藤くんと一緒にいるよね」
 
「布藤くんと話しているときは、よく笑ってるよね」
 
「それってもしかして、そういうこと?」
 
 恋愛は、学校における娯楽の一つだ。
 尾ひれがついて、目びれがついて、布藤と仁藤さんが付き合っているんじゃないかという噂も流れ始めた。
 
 布藤は、同級生からの詮索に対しては、「付き合ってねーよ。仁藤さんに迷惑だろ?」なんて躱していた。
 だが、ぼくと話すときには頬が緩んでいた。
 
「なあ? これって、いい感じだよな? ワンチャンあるよな?」
 
「どうだろ」
 
 一方の仁藤さんも、ぼくたちと話すのをやめることはなかった。
 仁藤さんも同級生から布藤と付き合っているのか聞かれていたが、いつも通りの冷たい仮面で「付き合ってないよ」と冷静に返していた。
 でも、ぼくは知っている。
 仁藤さんが困っていることを。
 
「こういう誤解って、どうやったら解けるんだろうね」
 
「ごめん、わからない」
 
 学級委員の仕事の途中で、ポツリとこぼした一言が記憶に残り続けていた。
 
 一年生が終わりに近づく頃。
 仁藤さんが、ぼくと布藤のところへ来る回数が減った。