学級委員の仕事は、思っていたのと少し違った。
「学級委員ー。プリント集めて、後で先生のところに持ってきてなー」
教室の治安を守る警察のようなイメージをしていたが、蓋を開けてみれば先生の雑用係だ。
司会進行は学級委員。
先生は見てるだけ。
プリント集めは学級委員。
先生は見てるだけ。
自分から手を挙げた手前、仕事を投げ出したりはしないが、もやもやとした感情は捨てきれなかった。
仁藤さんは、そんな状況でも淡々と仕事をこなしていた。
集めたプリントを真面目な顔で出席番号順に並べ替え、ぼくが見ているのに気が付くとふわりとした笑顔を作った。
「どうしたの? 私の顔に、何かついてる?」
「いや、すごく真剣にやってるなあって思って」
「真剣だよー。だって、早く帰りたいじゃない」
仁藤さんと話すようになってから、仁藤さんの印象が少し変わった。
最初は、よく言うと真面目、悪く言うと堅物なタイプのように見えた。
布藤からも、仁藤さんは告白されるときも告白を断るときも冷たい仮面をつけたままで、頬を赤らめるどころか動かしもしない傑物だと聞いていて、その通りだと思った。
だけど、いざ話してみると、感情と表情が他の人より結びついている人なのだとわかった。
真剣な時は真剣な表情だし、嬉しいときは嬉しそうな表情。
どこまでも自分の感情に従順なのだ。
自分の感情を悟られまいとする努力が一切なく、逆を言えば場に合わせて愛想笑いをすることができない。
告白されたときに冷たい仮面をつけ続けた理由も、今ならわかる。
仁藤さんが告白というものに真剣であり、自分も真剣に答えなければならないと考えた末、ずっと真剣な表情を――冷たい仮面つけ続ける結果になったのだろう。
同様に、学校にいるときは真剣に勉学に取り組むために真剣な表情をしていることが多いから、周囲には誤解されたままだ。
だけど、勉学から離れた時、例えば学級委員の仕事の合間には、女の子らしい笑顔を見せてくれる。
学級委員の仕事の合間に、仁藤さんとはいろんなことを離した。
「正田くんは、得意科目なに? 私、英語」
「ぼく、数学」
時には学校の話。
「私、中学は私立だったんだ。高校は、いろいろあって公立にしたんだけど」
「へー。私立の人って、ずっと私立に行くのかと思ってた」
時には高校に入学する前の話。
「私、ペット飼ってて。猫が二匹」
「ぼくは、ペット飼ったことないんだよね」
「え? そうなの?」
「うん。だから、野良猫と遊んでる」
時にはプライベートの話。
「趣味? なんだろう。読書かなあ。正田くんは?」
「ジグソーパズル」
時には布藤の知りたがっていた話。
最後のだけは、仁藤さんを騙しているようで少しだけ罪悪感が沸いたけど、親友のためだと思えば我慢できた。
「ジグソーパズルって珍しいね。私、正田くんのこと、あんまり趣味とかない人なのかと思ってた……あ、ごめん」
「大丈夫。お互い様だから」
一学期が終わるころには、仁藤さんとは学級委員の仕事中にだけ話す不思議な関係が出来上がっていた。
休み時間に話すわけでもない。
一緒に登下校するわけでもない。
学級委員仲間としての距離感が。
もちろん、布藤の件も忘れてはいない。
仁藤さんと学級委員の仕事をしている教室に、たまたま忘れ物をした設定の布藤がやってきて、しっかりと仁藤さんに紹介はしておいた。
「オー、正マダイタノカ」
「布藤。うん、学級委員の仕事中。あ、仁藤さん。こいつ、ぼくの中学からの親友の布藤」
「布藤デス初メマシテ」
「布藤くん? 初めまして」
布藤が片言なのはぼくのせいじゃないし、「仁藤さん、もしかして小学生の頃、公園近くの学習塾に通ってた?」という実は昔から接点ありましたよアピールを布藤が忘れていたのもぼくのせいじゃない。
家に帰った後、布藤からは仁藤さんと話せた喜びと作戦完遂失敗の泣き言メッセージが届いていた。
布藤が去った後、仁藤さんから「おもしろい人だね」と言われていたので、悪くはない結果だろう。
「学級委員ー。プリント集めて、後で先生のところに持ってきてなー」
教室の治安を守る警察のようなイメージをしていたが、蓋を開けてみれば先生の雑用係だ。
司会進行は学級委員。
先生は見てるだけ。
プリント集めは学級委員。
先生は見てるだけ。
自分から手を挙げた手前、仕事を投げ出したりはしないが、もやもやとした感情は捨てきれなかった。
仁藤さんは、そんな状況でも淡々と仕事をこなしていた。
集めたプリントを真面目な顔で出席番号順に並べ替え、ぼくが見ているのに気が付くとふわりとした笑顔を作った。
「どうしたの? 私の顔に、何かついてる?」
「いや、すごく真剣にやってるなあって思って」
「真剣だよー。だって、早く帰りたいじゃない」
仁藤さんと話すようになってから、仁藤さんの印象が少し変わった。
最初は、よく言うと真面目、悪く言うと堅物なタイプのように見えた。
布藤からも、仁藤さんは告白されるときも告白を断るときも冷たい仮面をつけたままで、頬を赤らめるどころか動かしもしない傑物だと聞いていて、その通りだと思った。
だけど、いざ話してみると、感情と表情が他の人より結びついている人なのだとわかった。
真剣な時は真剣な表情だし、嬉しいときは嬉しそうな表情。
どこまでも自分の感情に従順なのだ。
自分の感情を悟られまいとする努力が一切なく、逆を言えば場に合わせて愛想笑いをすることができない。
告白されたときに冷たい仮面をつけ続けた理由も、今ならわかる。
仁藤さんが告白というものに真剣であり、自分も真剣に答えなければならないと考えた末、ずっと真剣な表情を――冷たい仮面つけ続ける結果になったのだろう。
同様に、学校にいるときは真剣に勉学に取り組むために真剣な表情をしていることが多いから、周囲には誤解されたままだ。
だけど、勉学から離れた時、例えば学級委員の仕事の合間には、女の子らしい笑顔を見せてくれる。
学級委員の仕事の合間に、仁藤さんとはいろんなことを離した。
「正田くんは、得意科目なに? 私、英語」
「ぼく、数学」
時には学校の話。
「私、中学は私立だったんだ。高校は、いろいろあって公立にしたんだけど」
「へー。私立の人って、ずっと私立に行くのかと思ってた」
時には高校に入学する前の話。
「私、ペット飼ってて。猫が二匹」
「ぼくは、ペット飼ったことないんだよね」
「え? そうなの?」
「うん。だから、野良猫と遊んでる」
時にはプライベートの話。
「趣味? なんだろう。読書かなあ。正田くんは?」
「ジグソーパズル」
時には布藤の知りたがっていた話。
最後のだけは、仁藤さんを騙しているようで少しだけ罪悪感が沸いたけど、親友のためだと思えば我慢できた。
「ジグソーパズルって珍しいね。私、正田くんのこと、あんまり趣味とかない人なのかと思ってた……あ、ごめん」
「大丈夫。お互い様だから」
一学期が終わるころには、仁藤さんとは学級委員の仕事中にだけ話す不思議な関係が出来上がっていた。
休み時間に話すわけでもない。
一緒に登下校するわけでもない。
学級委員仲間としての距離感が。
もちろん、布藤の件も忘れてはいない。
仁藤さんと学級委員の仕事をしている教室に、たまたま忘れ物をした設定の布藤がやってきて、しっかりと仁藤さんに紹介はしておいた。
「オー、正マダイタノカ」
「布藤。うん、学級委員の仕事中。あ、仁藤さん。こいつ、ぼくの中学からの親友の布藤」
「布藤デス初メマシテ」
「布藤くん? 初めまして」
布藤が片言なのはぼくのせいじゃないし、「仁藤さん、もしかして小学生の頃、公園近くの学習塾に通ってた?」という実は昔から接点ありましたよアピールを布藤が忘れていたのもぼくのせいじゃない。
家に帰った後、布藤からは仁藤さんと話せた喜びと作戦完遂失敗の泣き言メッセージが届いていた。
布藤が去った後、仁藤さんから「おもしろい人だね」と言われていたので、悪くはない結果だろう。


