「いいなあ、正。あの仁藤さんと一緒の委員会だなんて」
 
 帰り道。
 中学からの親友である布藤(ふとう)が、羨ましそうな声でぼくに言った。
 
「あの?」
 
「なんだ、知らないのか? 仁藤さん、このあたりの有名人なんだぜ。成績優秀で、あの美貌。中学の頃は、毎週誰かに告られてたって噂だぜ」
 
「へー」
 
「まるで興味なさそうだな」
 
 布藤の言葉を聞いて、ぼくは仁藤さんの顔を思い出す。
 元々、人の顔を覚えるのは得意じゃない。
 会って一日目、ぼんやりとしか思い出せなかったが、朧げに思い出す顔立ちだけでも毎週告白されたというのは嘘ではないだろうと素直に思った。
 ぼくの中学にも、いわゆる人気のある女子というやつはいた。
 その女子には彼氏がいたので毎週告白されるようなイベントはなかったが、チャンスがあれば付き合いたいと裏で愚痴をこぼしている男子はごまんと見てきた。
 仁藤さんからは、その女子と同じような匂いを感じた。
 
「そんなことないよ。美人は大変そうだなあって思ったよ」
 
 だからと言って、ぼくには関係ない。
 ぼくは、極めて普通だから。
 仁藤さんみたいな美人が好きになるほど格好よくもないし、勉強や運動ができるわけでもない。
 ぼくと仁藤さんは別世界の人間なのだ。
 
 ぼんやりと口にした言葉に、布藤はぴくりと眉を動かし、立ち止まった。
 
「なあ、正。お前、本当に仁藤さんに興味ないのか?」
 
「え? ないよ」
 
「じゃあ、俺の代わりに仁藤さんの好きな物とか趣味とか聞いてくれないか?」
 
「へ?」
 
「俺、ずっと仁藤さんのことが好きだったんだよ。向こうも俺のことは知ってる……はず。でも、全然話す機会が作れなくてさ」
 
 布藤からの告白に、ぼくは思わず言葉を失う。
 
 どうやら布藤と仁藤さんは、小学校までずっと同じ塾に通っていたらしい。
 仁藤さんは私立の中学に合格し、布藤は不合格。
 六年間の片思いを引きずったまま、布藤は仁藤さんに思いを伝えることなく別れる結果になったらしい。
 
 布藤は力を込めて、ぼくの両手を握りしめた。
 
「痛い痛い!」
 
「頼む! 協力してくれ! 同じ学級委員なら、仁藤さんと話す機会あるだろう? 俺、高校で仁藤さんと再会できたの、運命だと思うんだ!」
 
 同じ高校になったのなら、布藤から話しかければいい気もしたが、小学校の頃にあまり話したことのない相手から突然話しかけられても、仁藤さんが恐がる可能性もあるだろう。
 ただでさえ、見知らぬ男子に話しかけられるタイプだろうし。
 であれば、同じ学級委員であるぼくの親友として話に入る方が警戒されないのは確かだ。
 
 いつになく真剣な表情の布藤を見て、ぼくは首を縦に振るしかなかった。
 もちろん、親友の頼みだから無下にする気はなかったが、秘めていた心の内を晒してまで頼ってきたことがとても嬉しかった。
 そんなぼくの気持ちが、顔に出てしまったのだろう。
 ぼくを見る布藤の顔が、みるみる赤く染まっていく。
 
「……なんだよ?」
 
「いや、別に。小学生からの片思い。可愛いところあるなあって」
 
「……殺す!」
 
「ぎゃー、殺されるー!」
 
 ぼくは笑いながら、追いかけてくる布藤から逃げた。
 
 ぼくは、親友の恋に協力することにした。
 小学生からの片思いを叶える大役は、非常に重そうだが、心地よさがあった。