数日後の放課後。
響は部活に向かおうとしていた。
「ちょっと!」
その時、鋭い声に呼び止められる。
聞き覚えのある声だった。
声の方を見ると、そこにいたのは仁王立ちしている彩歌。
「えっと……天沢さん……だよね。かなちゃんの友達の……」
彩歌に若干の苦手意識を持つ響の表情は、やや引きつってしまう。
彩歌は般若のような表情なので、思わず後ずさりする響。
「そうだけど。ていうか、奏のこと馴れ馴れしくかなちゃんって呼ぶんだ」
ギロリと響は彩歌に睨まれ、更に後ずさりする響。
まるで蛇に睨まれた蛙だ。
(天沢さん、ちょっと怖い……。でも、この子はかなちゃんの友達だ。好きな人の……大切な友達……)
響はゆっくり深呼吸をし、彩歌と向き合う。
「あたし、あんたが水曜の昼休みに奏と会ってるの知ってるんだから!」
不機嫌そうな声の彩歌。
その時、響は初対面で彩歌に言われたことを思い出す。
『はあ!? 吹奏楽部!? あんたそんなのに奏を勧誘しようとしてたの!? 奏を傷付けんな! このクソ野郎が!』
「うん。だけど、あの子を、かなちゃんを傷付けるつもりはないよ」
響は覚悟を決め、彩歌を見る。
(かなちゃんに吹奏楽部に入って欲しい。あのフルートの音をもう一度聴きたい。かなちゃんと一緒に過ごすなら、多分この子と関わる機会も増える。逃げずに向き合おう)
響の表情は凛としていた。
響はクラリネットパートのグループメッセージに今日の部活は少し遅れると送り、彩歌と人気のない校舎裏までやって来た。
「天沢さんは、中一の時かなちゃんに何があったか知ってるんだね?」
響がそう聞くと、彩歌は頷く。
「俺は……それでもやっぱりかなちゃんに吹奏楽部に入って欲しいし、かなちゃんのフルートをもう一度聴きたいって思ってる」
響は本音を彩歌に伝えた。
すると彩歌は激しい怒りを響に向ける。
「それが奏を傷付けるんだよ! そんなことも分からないとかあり得ない!」
切り付けるような鋭い口調だ。
「あたしは、これ以上奏が傷付くのを見たくない! 部活なんかやってたせいで奏はあんなことになったんだから!」
彩歌は悲痛な表情だった。
部活と個人的に出場するコンクールが重なったせいで無理をした奏のことを彩歌も知っていた。そのせいで腱鞘炎が酷くなり、コンクールを棄権したことも。
「天沢さんは、かなちゃんのこと大切なんだね」
響は彩歌がどれだけ奏を大切にしているか分かった気がした。
「当たり前じゃん!」
彩歌は噛み付くようにそう返した。そして言葉を続ける。
「奏がいなかったら、あたしは独りぼっちだった……」
その口調はいつもの刺々しい様子とは違い、弱々しかった。
「もし良ければ、中学時代のかなちゃんの話、天沢さん視点で教えて欲しい」
彩歌を刺激しないよう、響は柔らかく穏やかな口調になる。
「奏は……出会った時からあたしの味方をしてくれた」
彩歌は響の真っ直ぐさに根負けしてポツリポツリと話し始める。
「あたしは……何かよく周りの男子から美人って言われたせいで小六の終わり頃からクラスのリーダー格の女子からいじめられてた」
その話を聞き、響は目を丸くする。正直意外だった。気の強そうな彩歌からは想像がつかない過去だ。
「中学でもそのいじめっ子と同じクラスで最悪だった。男共は『女子怖え』とか言うだけであたしの立場悪化させるだけの最低な奴らばっかだったし。あいつらは自分が楽しければあたしがどうなろうと構わないみたいだし」
「何か……ごめん」
響は身に覚えがないのだが、何となく謝ってしまった。
「でも奏が庇ってくれた。奏は最悪ないじめっ子にあたしへのいじめの証拠を突き付けて、弁護士呼んで法的措置を取るって脅しまでかけてくれた。そのお陰であたしへのいじめが一切なくなった」
「へえ……かなちゃんが」
こちらも響にとっては意外だった。大人びていて大人しそうな奏がそんな行動を取るとは予想外である。
その時、響は奏の言葉を思い出した。
『イタリアではいじめとかがあったら被害者が即逃げて環境を変える、もしくは即加害者側を通報ですよ」』
(かなちゃん、やっぱりイタリアで生活してたからそういう発想になるのかな?)
何となくそう思った響である。
「だから、あたしも奏が辛い時、側で支えたい。ただそれだけ。あたしは奏を傷付けるものから奏を守りたいだけ」
彩歌の真剣な言葉が、響の胸にスッと入る。
「そっか。話してくれてありがとう」
響は穏やかな笑みを浮かべた。
「俺、かなちゃんと話したんだけど、あの子は本気で音楽を嫌ってなさそうだって感じた。中学時代のかなちゃんを知ってる天沢さんからはどう見える?」
柔らかで真っ直ぐな口調の響。
彩歌は悔しそうに響を睨み、黙り込む。
「俺は、かなちゃんのフルート、凄く好きなんだ。あの音をもうもう一度聴きたい。かなちゃんのフルートは、本当に凄いよ。あの子が小四の時、初めて出場したフルートコンクールのジュニア部門で一位になったんだ」
響は空を見ながら表情を綻ばせる。
「知ってるし。奏のフルートは最高なんだから。奏はコンクールも頑張ってた。中学の吹奏楽部の中で一番の実力だった」
彩歌は拗ねたような表情だ。
「うん。……天沢さんは、かなちゃんのフルート、もう一度聴きたい?」
響がそう聞くと、彩歌は悔しそうに頷いた。
「あたしも、奏のフルート大好きだから」
「そっか。俺と同じだ」
柔和な笑みの響。
「あんたと一緒とか嬉しくない! あたしの方が奏と仲良いんだし!」
強気な口調に戻る彩歌。
響はそれに少しだけホッとした。
「そうかもね。……俺はかなちゃんに吹奏楽部に入ってもらえるよう、フルートをもう一度吹いてもらえるよう説得しようと思ってる。もしそれでかなちゃんが傷付いてしまったのなら……天沢さんにかなちゃんのことを支えてあげて欲しいんだ」
真っ直ぐ真剣な表情の響。
「……分かった」
彩歌は根負けして悔しそうに頷いた。
「あんたさ、奏のこと好きでしょ」
ギロリと響を睨む彩歌。
「うん。小さい時からかなちゃんのことが好きだよ。女の子として」
響はやや頬を赤く染めながら肯定した。彩歌に対して奏関連のことで誤魔化しは効かないと感じた響である。
「ムカつくんだけど」
「痛いよ」
彩歌に足を蹴られ、困ったよう眉を八の字にする響。
しかし、彩歌の表情はどこか柔らかかった。
「奏を泣かせたら、絶対に許さないから」
そう言い捨て、彩歌はその場から去って行った。
「うん、ありがとう。天沢さん」
響は彩歌の後ろ姿に向かってそう呟いた。
響は部活に向かおうとしていた。
「ちょっと!」
その時、鋭い声に呼び止められる。
聞き覚えのある声だった。
声の方を見ると、そこにいたのは仁王立ちしている彩歌。
「えっと……天沢さん……だよね。かなちゃんの友達の……」
彩歌に若干の苦手意識を持つ響の表情は、やや引きつってしまう。
彩歌は般若のような表情なので、思わず後ずさりする響。
「そうだけど。ていうか、奏のこと馴れ馴れしくかなちゃんって呼ぶんだ」
ギロリと響は彩歌に睨まれ、更に後ずさりする響。
まるで蛇に睨まれた蛙だ。
(天沢さん、ちょっと怖い……。でも、この子はかなちゃんの友達だ。好きな人の……大切な友達……)
響はゆっくり深呼吸をし、彩歌と向き合う。
「あたし、あんたが水曜の昼休みに奏と会ってるの知ってるんだから!」
不機嫌そうな声の彩歌。
その時、響は初対面で彩歌に言われたことを思い出す。
『はあ!? 吹奏楽部!? あんたそんなのに奏を勧誘しようとしてたの!? 奏を傷付けんな! このクソ野郎が!』
「うん。だけど、あの子を、かなちゃんを傷付けるつもりはないよ」
響は覚悟を決め、彩歌を見る。
(かなちゃんに吹奏楽部に入って欲しい。あのフルートの音をもう一度聴きたい。かなちゃんと一緒に過ごすなら、多分この子と関わる機会も増える。逃げずに向き合おう)
響の表情は凛としていた。
響はクラリネットパートのグループメッセージに今日の部活は少し遅れると送り、彩歌と人気のない校舎裏までやって来た。
「天沢さんは、中一の時かなちゃんに何があったか知ってるんだね?」
響がそう聞くと、彩歌は頷く。
「俺は……それでもやっぱりかなちゃんに吹奏楽部に入って欲しいし、かなちゃんのフルートをもう一度聴きたいって思ってる」
響は本音を彩歌に伝えた。
すると彩歌は激しい怒りを響に向ける。
「それが奏を傷付けるんだよ! そんなことも分からないとかあり得ない!」
切り付けるような鋭い口調だ。
「あたしは、これ以上奏が傷付くのを見たくない! 部活なんかやってたせいで奏はあんなことになったんだから!」
彩歌は悲痛な表情だった。
部活と個人的に出場するコンクールが重なったせいで無理をした奏のことを彩歌も知っていた。そのせいで腱鞘炎が酷くなり、コンクールを棄権したことも。
「天沢さんは、かなちゃんのこと大切なんだね」
響は彩歌がどれだけ奏を大切にしているか分かった気がした。
「当たり前じゃん!」
彩歌は噛み付くようにそう返した。そして言葉を続ける。
「奏がいなかったら、あたしは独りぼっちだった……」
その口調はいつもの刺々しい様子とは違い、弱々しかった。
「もし良ければ、中学時代のかなちゃんの話、天沢さん視点で教えて欲しい」
彩歌を刺激しないよう、響は柔らかく穏やかな口調になる。
「奏は……出会った時からあたしの味方をしてくれた」
彩歌は響の真っ直ぐさに根負けしてポツリポツリと話し始める。
「あたしは……何かよく周りの男子から美人って言われたせいで小六の終わり頃からクラスのリーダー格の女子からいじめられてた」
その話を聞き、響は目を丸くする。正直意外だった。気の強そうな彩歌からは想像がつかない過去だ。
「中学でもそのいじめっ子と同じクラスで最悪だった。男共は『女子怖え』とか言うだけであたしの立場悪化させるだけの最低な奴らばっかだったし。あいつらは自分が楽しければあたしがどうなろうと構わないみたいだし」
「何か……ごめん」
響は身に覚えがないのだが、何となく謝ってしまった。
「でも奏が庇ってくれた。奏は最悪ないじめっ子にあたしへのいじめの証拠を突き付けて、弁護士呼んで法的措置を取るって脅しまでかけてくれた。そのお陰であたしへのいじめが一切なくなった」
「へえ……かなちゃんが」
こちらも響にとっては意外だった。大人びていて大人しそうな奏がそんな行動を取るとは予想外である。
その時、響は奏の言葉を思い出した。
『イタリアではいじめとかがあったら被害者が即逃げて環境を変える、もしくは即加害者側を通報ですよ」』
(かなちゃん、やっぱりイタリアで生活してたからそういう発想になるのかな?)
何となくそう思った響である。
「だから、あたしも奏が辛い時、側で支えたい。ただそれだけ。あたしは奏を傷付けるものから奏を守りたいだけ」
彩歌の真剣な言葉が、響の胸にスッと入る。
「そっか。話してくれてありがとう」
響は穏やかな笑みを浮かべた。
「俺、かなちゃんと話したんだけど、あの子は本気で音楽を嫌ってなさそうだって感じた。中学時代のかなちゃんを知ってる天沢さんからはどう見える?」
柔らかで真っ直ぐな口調の響。
彩歌は悔しそうに響を睨み、黙り込む。
「俺は、かなちゃんのフルート、凄く好きなんだ。あの音をもうもう一度聴きたい。かなちゃんのフルートは、本当に凄いよ。あの子が小四の時、初めて出場したフルートコンクールのジュニア部門で一位になったんだ」
響は空を見ながら表情を綻ばせる。
「知ってるし。奏のフルートは最高なんだから。奏はコンクールも頑張ってた。中学の吹奏楽部の中で一番の実力だった」
彩歌は拗ねたような表情だ。
「うん。……天沢さんは、かなちゃんのフルート、もう一度聴きたい?」
響がそう聞くと、彩歌は悔しそうに頷いた。
「あたしも、奏のフルート大好きだから」
「そっか。俺と同じだ」
柔和な笑みの響。
「あんたと一緒とか嬉しくない! あたしの方が奏と仲良いんだし!」
強気な口調に戻る彩歌。
響はそれに少しだけホッとした。
「そうかもね。……俺はかなちゃんに吹奏楽部に入ってもらえるよう、フルートをもう一度吹いてもらえるよう説得しようと思ってる。もしそれでかなちゃんが傷付いてしまったのなら……天沢さんにかなちゃんのことを支えてあげて欲しいんだ」
真っ直ぐ真剣な表情の響。
「……分かった」
彩歌は根負けして悔しそうに頷いた。
「あんたさ、奏のこと好きでしょ」
ギロリと響を睨む彩歌。
「うん。小さい時からかなちゃんのことが好きだよ。女の子として」
響はやや頬を赤く染めながら肯定した。彩歌に対して奏関連のことで誤魔化しは効かないと感じた響である。
「ムカつくんだけど」
「痛いよ」
彩歌に足を蹴られ、困ったよう眉を八の字にする響。
しかし、彩歌の表情はどこか柔らかかった。
「奏を泣かせたら、絶対に許さないから」
そう言い捨て、彩歌はその場から去って行った。
「うん、ありがとう。天沢さん」
響は彩歌の後ろ姿に向かってそう呟いた。



