奏のものが壊されることは、あれから続いた。
メトロノームだけでなく、チューナー、譜面台、楽譜が入ったファイルなど、フルート以外の部活関連の道具が壊されたり捨てられたりしていたのだ。
確実に奏に対して向けられた悪意である。
「かなちゃん、大丈夫?」
響はそれを知り、心配になり奏に話しかける。
「はい。フルートは無事なので、問題はないです。それに、楽譜を見ずに文化祭の曲は全て演奏出来ますから。全部覚えていますし」
奏は気にした様子はなく、フルートを組み立てる。
(でも、悪意を向けられるのってキツイからな……。俺もかなちゃんを守りたい)
響はグッと拳を握り締めた。
「ただ、チューナーが壊されたのは、少し困りますね。彩歌も今日は図書委員会の集まりで部活に遅れますから、借りるのも難しいですし」
奏は困ったように苦笑した。
「じゃあ俺が確認しようか? 一応俺、絶対音感持ってるけど」
響は少し得意げな表情だ。もしかしたら奏に頼ってもらえるかもしれないという期待があった。
「そうでしたね。響先輩、絶対音感のお陰で昔からピッチ合わせは得意でしたね。じゃあ、お願いします」
奏は昔を思い出し、ふふっと柔らかく微笑んだ。
「響先輩」
響が個人練習をしている教室にやって来た奏。
奏が来たことで、響は嬉しくなった。
「かなちゃん、ピッチ合わせ?」
そう聞くと、奏は頷く。
「お願いします」
奏は早速フルートのチューニング音を出す。
(かなちゃんの音だ。でも、ピッチはちょっと高い)
響は微妙なピッチの違いに気付く。
「かなちゃん、ピッチ少し下げよう」
「はい」
奏は少しフルートの頭部管を調整してもう一度チューニング音を出す。
「うん、バッチリ」
響は明るくニッと笑う。
「ありがとうございます。助かりました」
奏はそのままフルートの個人練習の教室に戻ろうとするが、響は少し寂しくなり思わず奏の手をつかんで引き止めてしまう。
「響先輩?」
奏は驚いて振り返る。
「あ……ごめん」
顔を赤くして響は慌てて奏の手を離した。
「いえ。……どうしました?」
奏は困ったように微笑む。
「いや……その……かなちゃんもう文化祭の曲の全部覚えたって言ってたし……休憩しても良いんじゃないかなって思って。ほら、今クラ(※クラリネットの略)は俺以外全員休憩で外行ってるし」
しどろもどろになりながら、響は奏を引き止める理由を探していた。
「……まあ、そういうことでしたら。彩歌もまだ図書委員会の集まりで来ていませんし」
奏は少し考える素振りをし、教室の空いている席から椅子を持って来て響の近くに座る。
響はホッする。それと同時に奏と過ごす時間が増え、嬉しそうに表情を綻ばせた。
その時、開けていた窓から冷たい風が入り、奏がぶるりと震えた。着ていた紫色のカーディガンの袖を伸ばす。
「何か、今日ちょっと寒いよね」
響も黄色いカーディガンのまくっていた袖を戻し、窓を閉める。
「はい。昨日より気温下がってますよね」
奏は苦笑した。
「あのさ、かなちゃん。文化祭、俺のクラス執事&メイド喫茶やるんだ。男子が燕尾服着て、女子がメイド服着るやつ。良かったら来てくれないかな?」
やや緊張気味な響。声が少し掠れてしまう。
「執事&メイド喫茶……楽しそうですね。はい、絶対行きます。多分彩歌も一緒だと思いますけど」
奏は楽しそうに表情を綻ばせた。
「一年は模擬店とか何もしないので、二年になって模擬店出すの、今から楽しみになってます。もちろん、初めての高校の文化祭も楽しみです」
奏は文化祭に思いを馳せていた。
「そうだね。クラスの準備とか、まあ非協力的な人もいるけど何だかんだ楽しいよ。看板作ったり、衣装合わせたりとかさ」
準備中の様子を思い出し、響は明るい表情になる。
「それとさ、セレナさんが男装コンテストに出るの知ってる?」
「それ、初耳です」
響からの情報に、奏は目を丸くした。
「何か、ここ最近流行ってる漫画原作のアニメあるじゃん。鬼と戦うやつ」
「はい、知ってます」
「それに登場するキャラのコスプレするらしい」
「それ見てみたいです。セレナ先輩の男装、絶対見に行こう」
奏はワクワクとした様子だった。
響は奏の表情を見て、嬉しくなる。鼓動の高まりと楽しさが丁度良い塩梅だ。
(かなちゃんとのこの時間、ずっと続いて欲しい)
響はそう願うのであった。
そんな二人の様子を面白くなさそうに見ている者がいた。
詩織である。
「……何なのあれ? 何で小日向先輩と楽しそうに喋ってんの?」
低い声の呟きは、他の楽器の練習音にかき消されるのであった。
♪♪♪♪♪♪♪♪
その日の部活終わりにて。
「彩歌、私、音楽室に定期忘れたみたいだから、先に昇降口行っておいて」
「分かった。じゃあ先行ってる。鞄預かろうか?」
「ありがとう、お願い」
奏は綾に鞄を託し、音楽室に忘れ物をしたので取りに戻った。
「あれ? 大月さん、帰ったんじゃなかったっけ?」
まだ音楽室でファゴットを片付けていた律は、戻って来た奏を見て不思議そうに首を傾げていた。
音楽室にはまだちらほらと部員達が残っている。
「音楽室に定期を忘れていたの。……あった、これだ」
奏はすぐに鞄に入れ忘れた定期を取る。
「すぐ見つかって良かったね。定期失くしたらヤバいからさ」
律は安心したように表情を綻ばせる。
その時、律は譜面台を倒してしまい、置いていた楽譜がバラバラになってしまう。
「うわ、最悪だ」
律は苦笑する。
「手伝うよ、浜須賀くん」
奏はすかさず律の楽譜を集める。
「ありがとう、大月さん」
律は申し訳なさそうに微笑んだ。
「音楽室閉めるから今残ってる人達は準備室の方から出てね」
三年生の先輩がそう言い、音楽室の鍵を閉める。
「うん、楽譜全部ある。助かったよ、大月さん。ありがとう」
律は爽やかな笑みを奏に向ける。
「良かった」
奏は安心し、表情を綻ばせた。
音楽室に残っているのは奏と律だけである。
奏と律は音楽準備室の方から出ようとする。
日が落ちてきた頃の音楽準備室は薄暗く、少し不気味だった。
「あれ? ドアが開かない……」
奏は音楽準備室のドアを開けようとするが、ガタガタと音がするだけで全く開く気配がない。
「え? 俺開けてみるね」
不思議に思った律がドアを開けようとする。しかし、奏の時と同じようにガタガタと音がするだけで全く開かない。
「鍵は内側から開けられるから、もしかして何か挟まってる?」
怪訝そうな表情の律。
「とりあえず、音楽室の方から出よう。後で職員室から音楽室の鍵を借りて締めに行けば良いと思うから」
奏は冷静にそう考え、音楽室に戻ろうとする。
「待って……。こっちのドアも開かない……。何か挟まってる」
何ともう片方の、音楽室側に繋がるドアもガタガタと音が鳴るだけで開かなかった。
「嘘だろ……」
律は驚愕する。
その時、律はパタパタと誰かが廊下を走る足音を聞いた。
「誰か外にいる! すみません! 開けてください!」
律は外に向かって大声をだし、廊下側のドアをドンドンと叩く。
しかし、誰も来ない。
「浜須賀くん……?」
奏は少し不安になる。
「ごめん、外にいる誰かには気付いてもらえなかったみたい」
苦笑する律。
「大丈夫。そうだ、私、彩歌待たせてるから連絡したら……。ごめん、スマホ、彩歌に預けた鞄の中だった」
奏はポケットに手を入れたが、スマートフォンを鞄に入れていたことを思い出す。
「じゃあ俺のスマホで……。ごめん、こっちは電池切れ……」
何と律のスマートフォンも使えない状態だった。
「こんな時に限って。大月さん、本当にごめん。俺が楽譜ぶち撒けなかったらこんなことにはならなかったよね」
律は申し訳なさそうな表情だ。
「浜須賀くんのせいじゃないよ。……とりあえず、見回りの先生が来た時に開けてもらおう」
奏は冷静さを取り戻していた。
「そうだね。でも……さっきの足音、気になるな……」
律は考え込む。
「足音?」
奏は首を傾げた。奏には聞こえなかったのだ。
「実はさっき、誰かが廊下を走る足音を聞いたんだよ。だから外に気付いてもらえるようにドアを叩いたんだけどさ」
「そうだったんだ。ありがとう、浜須賀くん」
奏は少しだけ口元を綻ばせた。
「うん。でも、気付いてもらえないことってあるかな?」
怪訝そうな表情の律。
「うーん……急ぎの用があってそれどころじゃなかったとか?」
奏は苦笑しながら首を傾げる。確かに、気付かないのはおかしいと奏も感じていた。
「考えたくないけど……わざと……とか」
「そんな……」
低い声の律に、奏は少し表情を強張らせた。
「うん……。大月さん、最近メトとかチューナーとか壊されてるよね。もし大月さんを狙ったものだとしたら……」
律は少し考え込む。
「だとしたら、ごめんなさい。私のせいで浜須賀くんが巻き込まれたことになるね」
奏は申し訳なくなった。
「いや、気にしないで。大月さんこそ、被害者なわけだから」
律は奏に罪悪感を持たせないような爽やかな表情だ。
(でも……だとしたら誰が……?)
奏は考えるが、犯人としてあり得そうな人は全く思い浮かばない。
少し冷えたのか、奏はブルリと震えた。
「今日珍しく寒いよね。俺のカーディガン着て良いよ」
律は自身の青いカーディガンを奏にかける。
「でも、それだと浜須賀くんが寒くならない?」
奏はそれだと律に申し訳ないので、断ろうとした。しかし、律から断ることを却下されてしまう。
「俺は平気だから」
律は爽やかな笑みを浮かべた。
「……ありがとう、浜須賀くん」
奏は折れて、ゆっくりと律のカーディガンに袖を通す。
先程まで律が着ていたので、温もりがダイレクトに伝わる。
奏は少しだけ安心感に包まれた。
「それにしても、見回りの先生いつ来るかな?」
律は奏から目をそらしながら呟く。
「そうだね」
奏は近くの棚にゆっくりと手を置く。
すると、ガタンと音がし、最上段に置いてあったメトロノームが落ちてくる。
「大月さん、危ない!」
律が奏の体を引いた。
密着する奏と律の体。お互いの体温がダイレクトに伝わる。
「ごめん、浜須賀くん」
奏は落ちて来たメトロノームにも、律の行動にも驚いていた。
「いや、こっちこそいきなりごめん。その……怪我とかはない?」
頬を赤く染めつつも、心配そうな表情の律。
「うん、大丈夫。ありがとう。これ、昼岡先輩のだ」
奏は落ちた徹のメトロノームを拾って元に戻そうとする。しかし、つま先立ちをして背伸びしても最上段に届かない。
律はその様子に思わずクスッと笑ってしまう。
「俺がやるよ」
奏からひょいとメトロノームを取り、最上段に落ちないように置いた。
「ありがとう。身長低いと損だね。せめて百五十センチ以上は欲しかったな」
奏は苦笑した。
「大月さん、身長何センチだっけ?」
「百四十八センチ」
「小さいね。まあ……こういうのは誰かを頼ったら良いよ。……俺とかさ。俺、百七十五センチあるから」
律は奏から目をそらしながらそう言った。
閉じ込められて不安ではあるのだが、独りぼっちではないので奏はほんの少しだけ安心感を抱くのであった。
響は部活が終わった後、文化祭の出し物を準備している二年四組の教室に向かった。
文化祭準備を手伝っていたのだ。
そして昇降口に向かう途中のこと。
「小日向先輩」
響はニコニコしている詩織に話しかけられた。
「内海か。音楽室に残ってたのか?」
不思議に思い、首を傾げる響。
「ちょっと……小日向先輩を待ってました」
上目遣いの詩織。
「え? 何で?」
響はまた不思議に思い、首を傾げている。
「それは……先輩と一緒に帰りたくて」
ふふっと笑い、響のカーディガンの袖をちょこんとつまむ詩織。
「はあ……」
相変わらずきょとんとしている響だった。
わけが分からないまま成り行きで詩織と帰ることになる響。
その時、昇降口で不機嫌そうだが心配そうな表情の彩歌を見つけた。
彩歌は二人分の鞄を持っていた。
片方は自身の鞄、もう片方は奏のである。
「天沢さん? どうしたの? 帰ったんじゃなかったっけ? それ、かなちゃんの鞄だよね?」
奏と接する時は彩歌もいることが多かったので、彩歌への苦手意識はいつの間にか薄れている響である。
「奏待ってる。でも、全然来ないから……心配。奏のスマホ、鞄に入ってるから連絡しようがないし。音楽室とかに戻って入れ違いにっても奏困ると思うから……」
刺々しいした口調だが、いつもより弱々しい。
「分かった。じゃあ俺が音楽室まで行って見て来る」
響はすぐに音楽室に向かおうとする。
「小日向先輩」
詩織は懇願するかのような表情で表情のカーディガンをつかむ。
「心配だから、かなちゃん探さないと」
真剣な表情の響。
「……私も協力します」
詩織はぎこちなくそう答えた。
「じゃあ天沢さんはそこで待っていて。俺がかなちゃん探すから」
「……分かった」
彩歌は若干不本意ながらも頷いた。
「俺音楽室行くから、内海は他の場所を頼む」
「……分かりました」
響の指示に、詩織は表情を暗くして頷いた。
しかし、奏のことばかり頭にある響は全く気付かないまま音楽室へ駆け出してしまう。
「どうしてあの子ばっかり……。私の方が小日向先輩のこと……」
詩織は口をへの字にするのであった。
♪♪♪♪♪♪♪♪
(誰が来ないかな……?)
奏は少し心細くなっていた。
律もいるとはいえ、いつまで経っても誰も来ないと不安になる。
(響くん……)
奏の脳裏に真っ先に思い浮かんだのは響の姿。おまけに響先輩呼びではない。
「誰も来ないね……」
律は苦笑しながらドアの外を確認する。
「そうだね」
奏は力なく笑いながら律に目を向けた。
(何で先に響くんのことが思い浮かんだのかな? 彩歌も待たせているのに。……響くんが幼馴染だから?)
奏は自分の思考に疑問を抱いた。
その時、ドアの向こうから誰かが走って来る足音が聞こえた。
奏はハッとする。
「浜須賀くん、誰が来てるよ」
「うん」
律はドアをバンバンと叩く。
「すみません! 開けてください!」
すると、ドアの向こうから声が聞こえる。
「その声、律か?」
聞こえたのは響の声。
奏はその声を聞き、大きな安心感に包まれる。
「小日向先輩! ドアに何か挟まって塞がれてます! 大月さんも一緒です!」
「かなちゃんも! 分かった! 今開ける! あ、何かつっかえ棒みたいのがある!」
外から響がガタガタとつっかえ棒を外し、無事に音楽準備室のドアは開いた。
「良かった、かなちゃん」
響は真っ先に奏の元へ向かう。
「響くん……」
ホッとして思わずそう呟いてしまった奏。
大きな安心感に包まれたせいか、その場に座り込んでしまう。
「大丈夫?」
優しい声色の響。
奏はゆっくりと頷いた。
「天沢さんも心配してたよ。入れ違いにならないよう昇降口で待ってくれてる」
「そうですね。彩歌にも心配かけちゃいました」
奏は力なく笑った。
「そのカーディガン……」
響は奏が羽織っている青いカーディガンを見て怪訝そうな表情になる。
「俺が貸しました。大月さん、少し寒そうだったので」
「律が……」
響は一瞬だけ複雑そうな表情になる。
「律も、大変だったな」
響はすぐに柔らかな笑みになり、律の肩を軽くポンと叩いた。
「いえ、大丈夫です。それと、音楽室側のドアも何かで塞がれてます」
「音楽室側の?」
響は怪訝そうに確認しに行く。
音楽室側のドアは、奏が開けようとした時と同様まだガタガタと音がするだけで開く様子はない。
「音楽室側からドアを塞いだ場合、仕掛けた人は音楽室から出る必要がある……。音楽室のドア、もしかしたら開いてる可能性ありますよね?」
律が聞くと、響も頷く。
「確かにその可能性はあるな」
「私、確認しますね」
奏はすぐに音楽準備室を出て、音楽室のドアを調べる。
すると、三年生の部員が締めたはずのドアは開いていた。
「浜須賀くんの言う通り、私達以外に……まだ誰かいた?」
奏は律と楽譜を拾い終わった後のことを思い出すが、誰もいなかったように思える。
「あ、こっちもつっかえ棒がある」
響は音楽室と音楽準備室を繋ぐドアのつっかえ棒を外した。
『考えたくないけど……わざと……とか』
『うん……。大月さん、最近メトとかチューナーとか壊されてるよね。もし大月さんを狙ったものだとしたら……』
律の言葉を思い出す。
(私狙い……。本当に誰が……?)
やはり犯人に心当たりがない奏であった。
「大月さん、大丈夫?」
考え込む奏を律は心配そうに覗き込む。
「あ、ごめん、大丈夫。そうだ、カーディガンありがとう。ずっと着たままだったね」
奏はハッとして思い出し、律にカーディガンを返した。
「響先輩、とりあえず音楽室の鍵を借りて締めましょう」
奏がそう言うと、響は頷く。
「そうだね」
奏、響、律の三人は音楽室を出た。
その時、パタパタと足音が聞こえた。詩織が向かって来ていたのだ。
「あ、良かった、見つかったんですね」
安心したような表情の詩織。
「うん。ドアにつっかえ棒が挟まってたみたいで、かなちゃんと律が閉じ込められてた」
「そうでしたか……」
詩織はチラリと律を見てから目をそらした。
「でも、奏ちゃんが無事で良かった。彩歌ちゃんも心配してたよ」
詩織は奏にニコリと笑う。
「ありがとう、詩織ちゃん。心配かけたみたいでごめんね」
奏は少し申し訳なさそうに微笑んだ。
こうして、奏は無事に音楽準備室から出ることが出来て、彩歌だけでなく響、律、詩織も交えて帰ることになった。
♪♪♪♪♪♪♪♪
前で奏に話しかける響。そんな響に噛み付く彩歌。帰り道、賑やかな様子を律は見ていた。律の少し前には、複雑そうにその様子を見ている詩織がいる。
詩織の後ろ姿が、少し前の音楽の授業中に見た後ろ姿と重なる。
(多分そうだ……)
律の疑念はほとんど確信に変わる。
そして詩織の隣に行く。
「最近ちょっとやり過ぎじゃない? 今回の件も、大月さんのメトとかの件も」
低い声で脅しをかける律。
「……何のこと?」
詩織はきょとんと首を傾げている。
「誤魔化す気か。まあ、まだ大事にはなってないけどさ」
律の声は冷たかった。
そして律は思い出す。奏がハンカチを返してくれた時の表情を。柔らかな笑みだった。
(いつも割とクールな大月さんのあの笑顔……守りたいって思った。多分俺、あの笑顔に惚れたんだな。そして小日向先輩も間違いなく大月さんのことが好き。で、こっちの内海さんは……)
チラリと詩織を見る律。
(どのみち、大月さんを傷付けることだけは許さない)
律は軽くため息をつき、再び詩織に冷たい視線を送った。
♪♪♪♪♪♪♪♪
翌日。
「奏、本当昨日は大変だったね。今日は部活終わったら早く帰ろう」
「うん、ごめんね彩歌。私も忘れ物に気を付けるから」
奏は彩歌に対して申し訳なくなる。
この日二人はいつもより早めに部活に来ていた。
「もしかしてあたし達一番乗り?」
「そうかも。一番とか初めてだね」
奏はふふっと笑い、音楽室に入る。
授業がある為、音楽室は開いていた。
そして二人は音楽準備室に楽器などを取りに行く。
するとそこには詩織がいた。
「あれ? あたし達が一番じゃなかったか」
彩歌は苦笑する。
しかし、詩織が持っているものを見ると、彩歌の表情が消えた。
「彩歌?」
奏は不思議に思い、彩歌を見る。
「あんたさ、それ奏の楽譜だよね? 何しようとしてたの?」
低く冷たい声の彩歌。
「え……?」
奏は彩歌の言葉に驚き、詩織が手にしているものに目を向ける。
確かに奏の楽譜が挟んであるファイルだった。
おまけに数枚の楽譜はビリビリに破かれている。
詩織は奏達を見て完全に固まっていた。
(まさか……でも、何で?)
奏の頭は真っ白になった。
「つまりあんたが奏のものを壊したりしてた犯人ってことだよね」
彩歌が詩織に詰め寄る。
奏は呆然としていた。
「……だったら何?」
詩織は吐き捨てるように笑う。
「あんた、よくも奏を……! じゃあ昨日奏を閉じ込めたのも、もしかしてあんた!?」
物凄い剣幕で怒鳴る彩歌。
「それが何!? あんたには関係ない!」
詩織も彩歌に負けないくらいの剣幕だ。
「はあ!? 関係ない!? 友達守って何が悪いって言うの!? あんたがやってるのは完全ないじめじゃん!」
男子達に向けるよりも更に刺々しい口調でブチ切れる彩歌。
「悪いのはそいつじゃん!」
詩織は奏を指差す。
「詩織ちゃん、私、何か悪いことした?」
先程まで唖然としていたが、奏は冷静さを取り戻していた。
「あんたは……あんたは私の欲しいもの全部全部横取りして!」
奏は詩織から激しい怒りをぶつけられた。
「詩織ちゃんが欲しいもの?」
奏は怒りをぶつけられても冷静だった。
「それってただの逆恨みじゃん! くだらないことで奏傷付けんな!」
彩歌は相変わらず切り付けるような口調だ。
そこへ第三者の声が響く。
「証拠動画、撮っておいたけど」
律だ。律はスマートフォンで詩織が一連の犯人だと告白しているところを録音、録画していた。
「動画……?」
詩織は動揺する。
「今は俺達以外誰もいないけど、この動画をみんながいる状態で流したらどうなると思う? 特に小日向先輩の前で」
爽やかに笑う律。しかし、目は笑っていない。
(浜須賀くん……)
律の意外な一面を見た奏は少し怯えてしまう。
「ごめんね、大月さん、怖がらせたね」
律はそんな奏に気付き、表情を和らげる。
奏は少し安心した。
しばらくすると、続々と部員達がやって来る。
「何々? 浜須賀も彩歌も奏も詩織も何かあった?」
「トラブルか何か?」
セレナと小夜だ。二人共、不思議そうに首を傾げている。
更に、響、風雅、徹もやって来る。
「おお、みんな集まってんじゃん」
風雅は音楽準備室に密集する奏達に驚く。
「どうしたの? かなちゃん、何かあった?」
響は心配そうに奏の元に真っ先に向かう。
「響先輩……」
奏は響が来てくれたことで、安心感に包まれた。
「ん? 律、何か録画したのか?」
「あ、昼岡先輩、ちょっと待って」
待ってくださいと言おうとした律だが、徹はその動画を再生してしまう。
詩織が奏のメトロノームなどを壊した犯人であること、昨日奏を音楽準備室に閉じ込めた犯人であることが知れ渡ってしまった。
「嘘でしょ……。犯人詩織だったんだ……」
低い声になるセレナ。
「でも、どうして?」
戸惑いながら詩織を見る小夜。
他の部員達も、詩織に対して困惑したり怒りを向けている。
「かなちゃん、大丈夫?」
奏を庇うように立つ響。
「私は平気です。でも……」
奏は心配になり、詩織を見る。
(昼岡先輩の事故とはいえ、こんな大勢の前で犯人だってバレたら……)
目に涙を溜める詩織。
そしてそのまま詩織は逃げ出した。
「本当、詩織あり得ない。同じサックスパートとして恥ずかしい。それに、謝罪もせず逃げるとか」
ボソッとセレナが低い声で呟く。彼女の怒りが伝わって来る。
「詩織、こんなことするなんて……失望した」
「フルートの実力ある大月さんの邪魔をするって実質部活全体の邪魔をしたってことですよね」
他の部員達も口々に逃げた詩織を非難していた。
「おい、何の騒ぎだ? そろそろ三年の先輩達も来るぞ」
そこへ蓮斗も現れる。
ちなみにこの日、三年生は学年集会が長引いて部活に少し遅れるそうだ。
「あ、晩沢先輩、実は……」
蓮斗の近くにいた一年生の部員が、奏のものが壊される件の犯人が詩織だと伝えた。
「……とりあえずこの件は部長と顧問の先生に報告した方が良い。内海に関しては……退部させた方が良いだろうな」
「あの、待ってください」
二年生の中のリーダー的存在である蓮斗がそう結論付けたところ、奏は声を上げる。
「奏?」
彩歌は怪訝そうに首を傾げた。
(壊されたり捨てられたのは、メトロノームと譜面台と楽譜とチューナーだけ……)
奏はチラリと楽器棚に置いてある自身のフルートを見てから、蓮斗や全体に目を向けて口を開く。
「退部まではやり過ぎだと思います。それに、今は文化祭前ですし、夏にはコンクールもあります。テナーの詩織ちゃんに抜けられたら、サックスパートも部活全体としても困りますよね。この件、不問にしませんか?」
すると周囲は戸惑ったように騒つく。
「待って、奏、それは甘過ぎない? 奏、めちゃくちゃ被害に遭ったんだよ」
彩歌は甘い対処をしようとする奏に少し不満そうだ。
「彩歌ちゃんの言う通りだと思うけど……」
「確かにテナーに抜けられるの困るけどさ、あんなことする子は……」
小夜とセレナも困惑気味だ。
「彩歌も小夜先輩もセレナ先輩も、私がその気になれば詩織ちゃんを器物破損などで前科持ちに追い込めること知っていますよね? その気になればあの子の未来を潰すことが出来るってことも」
少し悪戯っぽく笑う奏。
奏の物騒な言葉に、周囲は騒つく。
「あ……」
「奏ちゃん、まさか」
「高校でもあの手口使う気なんだ……」
彩歌、小夜、セレナの顔が引きつる。
周囲は奏がどんな手口を使うのかと戦々恐々だ。
「でも、詩織ちゃんはまだ一線を超えていません」
奏は穏やかな表情で楽器棚から自身のフルートを取り出し、そっと抱きしめる。
「フルートだけは、壊されませんでした。だから、この件は不問にしようと思うのです。本気で私を邪魔したり、部活全体の邪魔をしたいのなら、私のフルートを壊す方がやり方として合理的ですよね。でも、詩織ちゃんはそれをやらなかった。まだ改心の余地があると思います。詩織ちゃんには、今まで通り部活に来てもらいましょう。それから、詩織ちゃんが吹奏楽部に居づらくならないように、詩織ちゃんへの態度は今まで通りでお願いします」
奏は全体を見てそう訴えかけた。
「かなちゃんがそれを望むのなら、俺はそうするよ」
響は少し心配そうだったが、奏に賛成してくれた。
「ありがとうございます、響先輩」
真っ先に賛成してくれた響に微笑む奏。
「大月さんが納得してるのなら、俺もいつも通りにする。あ、でもこの動画は念の為に残しておくから」
律も奏に賛成してくれた。
「まあ、被害者の大月がそう言ってるなら、そうする。ただ、これは部活内で起きた問題だから、部長と先生には報告するぞ」
「はい」
蓮斗の言葉に奏は頷く。
「私、詩織ちゃん追いかけますね。後はよろしくお願いします」
奏はそう言うと、すぐに音楽準備室から駆け出した。
(詩織ちゃん、あなたはまだ一線を超えていない。だから、許すことにするよ。お願い、逃げないで)
奏は校内の隅から隅まで詩織を探すのであった。
奏が詩織を探し始めた後の音楽準備室にて。
『彩歌も小夜先輩もセレナ先輩も、私がその気になれば詩織ちゃんを器物破損などで前科持ちに追い込めること知っていますよね? その気になればあの子の未来を潰すことが出来るってことも』
響の脳裏には、その言葉と少し悪戯っぽく笑う奏の表情がこびりついていた。
(初めて見たかなちゃんの一面だったな……)
響は思い出してドキッとしていた。
「あのさ、かなちゃんはその気になれば内海を前科持ちにすることが出来るとか言ってたけど、天沢さんと小夜さんとセレナさんはかなちゃんが中学時代に何をしたか知ってるんだよね?」
響は興味本位で聞いてみた。
「あ……それは俺も気になりました」
律も思い出したように苦笑している。
「ああ、その話ね」
「あれはウチもびっくりした」
小夜とセレナは懐かしそうに笑っていた。
「まあ、奏は理不尽に対しては法で対処しますからね。あたしを助けてくれた時も」
彩歌も懐かしそうに笑っている。
「もしかして、弁護士呼んだ系?」
響は中学時代の彩歌が奏に助けてもらった話を思い出す。
「小日向くん、大正解」
小夜がクスッと笑い、セレナが詳細を説明し始める。
「ウチらの中学の吹奏楽部、一年はポニーテール禁止とかいうわけの分かんない不文律があったわけ。でも奏はそれが理不尽で意味分からないって守らなかったんだよ。まあ案の定って感じでウチと同学年の性格キツい子に目を付けられて、嫌がらせが始まった」
「そしたら奏、待ってましたって感じで弁護士連れて大事にして、その先輩を退部に追いやった。それだけじゃなくて、名誉毀損とか前科も付けて転校させた。それに奏の家ってかなりのお金持ちで権力持ってるみたいだからさそういうこと簡単に出来るわけ。奏、凄いでしょ。吹奏楽部の意味分かんない理不尽な不文律もそのお陰で撤廃」
彩歌は自慢するかのような表情だ。
「かなちゃん……凄いなあ」
響は知らなかった奏の一面を知り、少し嬉しくなった。
(何か……かなちゃんが何をしても受け入れられそうな気がする)
それは完全に惚れた弱みだった。
「意外ですね……」
律も目を丸くしていた。
「奏ちゃん、見かけによらず凄いことする。やられたら倍返しどころか十倍、百倍返しだ……」
「大月だけは絶対敵に回したくねえ」
風雅と蓮斗もその話を聞き驚いていた。
「まあ大月の行動は正しいと思うな」
蓮斗は納得したように頷いていた。
♪♪♪♪♪♪♪♪
奏は必死に学校の敷地内を探し、人気のない校舎裏でようやく詩織を見つけた。
詩織はうずくまって泣いていた。
「詩織ちゃん」
奏は詩織を刺激しないよう、優しく声をかける。
「何で……? 何で私に話しかけるの? 私、奏ちゃんにあんなことしたのに……」
弱々しい声だ。
「そうだね。ものを壊されたり、閉じ込められたり、理不尽な思いはそれなりにしたよ。でも、詩織ちゃんはまだ一線は超えていない」
奏は微笑む。奏の心は穏やかだった。
「一線って……?」
涙を拭い、弱々しく不思議そうに首を傾げる詩織。
「私のフルートは壊さなかった。だから、私は詩織ちゃんを許そうと思うの」
奏は柔らかく微笑んだ。
「……もし私が奏ちゃんのフルートを壊してたらどうするつもりだったの?」
「その時は、詩織ちゃんに犯罪者になってもらうつもりだった」
口元は笑っているが、目は笑っていない奏だ。
「え……」
詩織はゾクリと冷や汗をかく。
「今まで壊されたものは証拠として保管しているし、浜須賀くんの動画と証拠として残ってる。だから、私は詩織ちゃんに器物破損とかの前科を付けることが出来るの。詩織ちゃんの将来を完全に潰すことだって出来るよ」
悪戯っぽく笑う奏。
「あ……」
詩織は怯えたような目で奏を見ていた。
「理不尽には法で対処するって決めているからね。中学時代も、先輩から嫌がらせを受けた時は弁護士呼んで大事にしたから」
中学時代を思い出し、奏は懐かしくなった。
「……ごめんなさい。私……本当にごめんなさい……!」
詩織は泣きながら奏に謝罪した。
「大丈夫。フルートは無事だから、詩織ちゃんを許すって決めていたの。それに、今まで通り部活にも来て。みんな詩織ちゃんを待ってるから。テナーに抜けられると困るの」
奏は優しく詩織の肩に手を置く。
「私からのお願い、聞いてくれるよね?」
奏は優しく詩織に微笑む。
「……うん、分かった」
詩織は少し迷いながらも頷いた。
「良かった」
奏はホッとして肩を撫で下ろした。
「詩織ちゃん、私、詩織ちゃんに何か悪いことした?」
奏はずっと疑問に思っていたことを聞いてみた。
すると、詩織は黙り込む。詩織は悔しそうな表情だった。
「……てない」
「え? 何て言ったの?」
詩織の声が聞き取れなかったので、奏は聞き返す。
「何もしてない。奏ちゃんは……悪くない。完全に私の逆恨み」
詩織は悔しそうに奏を見ている。
「奏ちゃんは……小日向先輩のこと、どう思ってるの?」
詩織は奏から目をそらす。
「響先輩? 響先輩は幼馴染だけど」
奏はきょとんとしていた。詩織がどうしてそんなことを聞くのか分からなかった。
「ふーん……」
詩織はやや納得していなさそうだ。そのまま話を続ける詩織。
「私ね、小日向先輩が好きなんだ。中学の時からずっと」
「そうだったんだ」
奏は意外に思った。
「でも、全然振り向いてくれなくて。高校も、音宮は偏差値高いから諦めろって言われてたけど、小日向先輩かいる高校だから勉強頑張って合格して、また吹奏楽部で小日向先輩と過ごせたらって思ってた。だけど、いきなり現れた奏ちゃんが全部持って行っちゃうんだもん……」
詩織はムスッと頬を膨らませ、恨めしげに奏を見ていた。
「それで、奏ちゃんのメトとかチューナー壊した。三組が音楽の授業中だった時、一組は自習だったから教室抜け出すのは余裕だったし。でもそうすればそうする程、奏ちゃんは小日向先輩と楽しそうにしてるし、ムカついた。だから音楽準備室に閉じ込めた。音楽室のピアノの下、死角になってるからそこに隠れて、奏ちゃんが音楽準備室に入るの待ってたんだよ」
「ピアノの下にいたんだ……。確かにあの場所は見えないよね」
あっさり詩織が音楽準備室に閉じ込められた件をネタバラシしてくれたので、奏は目を丸くした。
「冷静に考えたら、奏ちゃんにそんなことしたって小日向先輩が私を見てくれるわけじゃないのに」
詩織はため息をつく。
「奏ちゃん、本当にごめんなさい」
「詩織ちゃん……」
奏から見た詩織は、心底反省しているようだった。
「私はもう気にしていないよ。フルートが無事だったから」
穏やかに優しく微笑む奏。
「……ありがとう」
詩織は力なく眉を八の字にして笑う。
「あのさ……奏ちゃんは……小日向先輩のことは本当にただの幼馴染としか思ってないの?」
詩織は真っ直ぐ奏を見ている。
「……うん、そうだけど」
奏はきょとんとしながら答えた。
「そっか。……私、やっぱ小日向先輩のこと、諦められなくてさ。たとえチャンスがもうなかったとしても……」
詩織は力強い目で曇り空を見上げていた。
「そっか」
奏はそんな詩織から目をそらす。
(もし響先輩と詩織ちゃんが付き合い始めたら……)
ふとそんな想像をしてみた。
響と詩織の仲睦まじい様子を脳裏に思い浮かべる。
すると、奏の胸がほんの少しだけズキンと痛んだ。
(どうして……? どうして胸が痛むの……?)
奏は心の奥底にあるよく分からない本心に戸惑っていた。
詩織とは和解出来たのだが、新たな感情に戸惑う奏だった。
奏と詩織のトラブルもあったが、その後の吹奏楽部は平和だった。
そして、いよいよ文化祭当日。
午前中の吹奏楽部のステージは無事に成功し、響は少しだけ肩の荷が降りた。
響が執事&メイド喫茶をやっている二年四組の教室に戻ると、先に戻って燕尾服に着替えた風雅がクラスメイトの女子達に囲まれていた。
「朝比奈くん、写真撮ろうよ」
「あ、狡い狡い、風雅くん、私も!」
「おう、じゃあ全員で撮ろっか」
容姿と身長に恵まれている風雅はヘラヘラ笑いながらクラスの女子達と写真を撮っていた。
(よくやるわ)
響はその様子に苦笑した。そのまま荷物を置いて、簡易的に作られたバックヤードに行く響。衣装の燕尾服に着替えようとした。しかし、何と響の燕尾服が見つからないのだ。
(嘘だろ!? ちゃんと持ってきたはず!)
焦った響は一旦バックヤードから出る。
「お、響、戻って来てたのか。ちょっと来てくれよ」
相変わらず女子に囲まれている風雅に声をかけられた。
「風雅、今それどころじゃなくて。俺の燕尾服が」
「小日向くんの燕尾服ならあの子が着てるよ」
「え?」
一人の女子生徒の言葉に響の目は点になる。
彼女が示した先には響と同じ二年四組の女子生徒がいた。
その女子生徒は響が持って来た燕尾服を着て、他の女子達に囲まれていたのだ。
ショートカットで響と同じくらいの背丈、おまけに中性的な顔立ち。燕尾服が非常に良く似合っていた。
「何で?」
響は燕尾服を忘れていなかったことにホッとしつつ、どうして彼女が燕尾服を着ているのか疑問に思った。
「今、朝比奈くんとその話してたんだよね」
「そうそう。小日向くん、小柄で童顔だから似合うと思って」
女子生徒達がワクワクしながら響に目を向ける。
「確かに、響なら似合うはずだ」
ニヤニヤと笑う風雅。
何となく嫌な予感がした響である。
「一人くらい、男女逆の衣装でも面白いって思ってさ。小日向くんにはメイド服着てもらいたいの。着てくれるよね?」
疑問系ではあるが、ほぼ強制であることは間違いない。
「マジかよ……」
響は死んだ魚のような目になった。
こういうことに関する女子のパワーには敵わない響だった。
♪♪♪♪♪♪♪♪
「お帰りなさいませ、ご主人様」
「お帰りなさいませ、お嬢様」
いよいよ二年四組の執事&メイド喫茶に客が入り始め、文化祭らしい空気になってきた。
男性客には「お帰りなさいませ、ご主人様」、女性客には「お帰りなさいませ、お嬢様」挨拶をして対応している。
「響、お前中々似合うぞ。クラスの女子達も可愛いって言ってただろ」
風雅はメイド服に着替えさせられた響を見て面白そうに笑っている。
響は若干不貞腐れていた。
女子達から化粧まで施されそうになったが、それは全力で拒否した響。そのおかげで何とかメイド服を着るだけで許してもらえた。
「男が可愛いって言われてもさ……。それに、かなちゃんも来るのに……」
「奏ちゃんもきっとお前のこと可愛いって思ってくれるからさ」
「……好きな子にはカッコいいって言ってもらえた方が嬉しい」
「まあその男心は分かるけどさ。でもさ、俺らが小学生の時に流行ったドラマでも、『可愛い』は最強、『可愛い』の前では全面降伏って言ってたし」
「でもさあ……」
響は不貞腐れながらため息をついた。
「おい、響、奏ちゃん来店だ。彩歌ちゃんもいるぞ」
ニヤリと入り口を見て笑う風雅。
「え!? もう!?」
響は嬉しさ反面、現在の服装のせいで素早くバックヤードに隠れようとする。
「いや待て響、隠れようとするなって」
「風雅、頼むから離せ」
隠れようとする響だったが風雅に引っ張られて必死に抵抗している。
「せっかくだし奏ちゃんにも見てもらおうぜ」
「恥ずかしいって」
響は悪あがきを続ける。
(せめて燕尾服姿だったら……!)
響は風雅に無理矢理奏の前に連れて行かれたので、長身である彼の後ろに隠れた。
「お帰りなさいませ、お嬢様方」
風雅はやって来た奏と彩歌に対し、にこやかに対応する。
「朝比奈先輩、こんにちは」
「うざいんだけど。それと毎週水曜に図書室来んな」
風雅に軽く会釈する奏。一方彩歌はいつも通りの不機嫌そうな対応である。
「まあまあそう言わずにさ」
風雅は彩歌の態度にすっかり慣れていた。
「それと、お前もそろそろ前出ろよ」
「ちょ、やめろって」
風雅の後ろに隠れていた響だが、ついに奏達の前に引っ張り出されてしまう。
「……お帰りなさいませ……お嬢様……」
響は俯いている。
「響先輩……!? どうしてメイド服を……!?」
奏は目を見開いた。
「……本当は俺も燕尾服着る予定だったけど、クラスの女子達の悪ノリで交換させられた」
響は苦笑しながら答えた。
「そうだったんですね。でも……響先輩、可愛いです」
奏はクスッと笑った。
「良かったな、響。可愛いだってさ」
風雅はニヤニヤと響を小突く。
「……ありがとう、かなちゃん」
お礼を言ってみるものの、響の心は非常に複雑だった。
「中途半端」
一方彩歌は響のメイド服姿を見てそう呟く。
「こういうのって女子顔負けな感じで本気でやるか、ゴリラみたいな野郎が着てネタに振り切るかの二択でしょ。あんたのは中途半端」
彩歌は鼻で笑った。
「だってさ、響。彩歌ちゃんは辛辣だ」
「いや、好きで着たわけじゃないから」
響は苦笑するしかなかった。
「響先輩、せっかくだし写真撮って良いですか? 両親と祖父母に今日の文化祭の様子写真で見せてって言われているんです。明日の一般祭にも来るんですけどね」
奏はスマートフォンを取り出す。
この日は校内祭で、一般客はおらず生徒だけの文化祭である。
「待って、かなちゃんとこのおじさんとおばさんに俺のこの姿見せるの!?」
ギョッとする響。
「良いじゃん。じゃあ四人で撮ろっか」
風雅とスマートフォンを取り出し、近くにいたクラスメイトに写真を撮ってもらうよう呼び止めた。
「待って、奏とのツーショットなら良いけど、何でこいつらも入るの?」
彩歌は不機嫌そうだったが、結局四人で写真を撮ることになった。
執事&メイド喫茶の休憩時間が回って来た響。素早くメイド服から制服に着替えて奏の元へ向かう。
響は奏と文化祭を回る約束をしていたのだ。
(まさか、かなちゃんと二人で文化祭回れるなんて)
響は浮かれていた。
ちなみに奏にベッタリの彩歌は小夜とセレナに呼ばれていたのである。
「そうだ、蓮斗達二年七組が謎解きカフェってやつやってるみたいなんだけど、行く?」
「晩沢先輩のクラスが。楽しそうですね。行きましょう」
奏はふふっと柔らかく微笑み頷いた。
いつも見慣れた学校のはずが、文化祭の飾り付けやお祭りモードの空気が流れ、初めて来た場所のような雰囲気になっている。
そんな中、奏と二人で行動。
響はチラリと奏の横顔を見る。
クールで大人びているが、初めての文化祭に少しワクワクとした表情の奏。
(かなちゃん、可愛いな)
響はニマニマと表情が緩んでいた。
その後、響は奏を連れて蓮斗のクラスや徹とセレナのクラス、そして吹奏楽部の三年生の先輩のクラスの模擬店を回った。
「かなちゃん、二年三組のお化け屋敷だって。行ってみる?」
響は二年三組の教室前で立ち止まる。
見慣れた教室のはずが、廃墟のような外装により不気味に見える。まるで本当に悪霊か何かが出て来そうな雰囲気だ。
しかし、誘っておいて響はハッとする。
幼い頃のことを思い出したのだ。
♪♪♪♪♪♪♪♪
それは響が小学二年生の時の夏休みの時のこと。
その日丁度奏の両親が不在であり、響の家で奏を預かることになったのだ。
その時、偶然テレビで流れていた番組が心霊現象などを特集したホラー系だった。
「かなちゃん、心霊番組って家で見たりする?」
「見たことない。そういうバラエティ番組とか、あんまり見なくて」
響の問いに、首を横に振る奏。
「そっか。じゃあ一緒に見てみる?」
「うん」
奏は首を縦に振った。
テレビからは、視聴者の体験を元にしたホラードラマが流れている。
(お、そろそろ出そうだな)
響は画面を見ながら怖いシーンのタイミングを予想した。
そして怖いシーンが流れた瞬間、響の隣から「ひっ」と小さな悲鳴が聞こえた。
奏である。
「かなちゃん?」
響は少し心配になり、奏の方を見る。
「響くん……」
奏は震えながら目に涙を溜めていた。
(かなちゃん、ホラー苦手だったんだ)
響は奏の反応を見てそう判断した。
「かなちゃん、手、繋ごうか? そしたら怖いのもマシになるかも」
響が手を差し出すと、奏はすぐに握った。
小さな奏の手は、小刻みに震えていた。
その後奏は響の手をギュッと握り、怖いシーンになると響の背中に隠れていた。
♪♪♪♪♪♪♪♪
「ごめん。そういえばかなちゃん、ホラー系苦手だったね。お化け屋敷はやめておこう」
響は申し訳なさそうに苦笑していた。
「いえ、大丈夫ですよ。……確かにテレビや映画みたいな映像系のホラーは苦手ですけれど、文化祭のお化け屋敷は完全なる人工物ですから」
奏はあまり怖がっていなさそうな雰囲気だ。
「それにしても、作り込みがかなり本格的ですね」
奏はその外装をじっくり見ている。
「……かなちゃんが良いのなら、入る?」
恐る恐る聞く響に、奏は頷く。
「ええ、良いですよ」
二人は受付の生徒に文化祭のみで使用出来る金券を渡し、不気味に作り込まれた教室に入るのであった。
薄暗く不気味な雰囲気が漂う教室は迷路のようになっている。
「うわあ、内部も凝ってるね」
響は目を細めて周囲をじっくり見渡す。
「確かに、本格的ですね」
ホラーが苦手な奏だが、落ち着いた様子だった。
しかし、響が次の一歩を踏み出した瞬間お化け役の生徒が全力で驚かせにかかってきた。
「うわっ!」
「きゃあっ!」
響は軽く驚いただけだが、奏はその場の座り込んでしまった。
「かなちゃん、大丈夫?」
響も座り込んで奏に視線を合わせた。
「高校の……文化祭レベルだから……大したことはないと思っていたのですが……」
奏は少し震えていた。必死に落ち着こうとしているようだが、震えは止まらない。
「確かにここ、細部までこだわったお化け屋敷みたいだからね」
響は奏を落ち着かせようと、なるべく優しい声を出した。
「舐めてました」
奏は苦笑した。
「じゃあさ……手、繋いで歩く?」
響は緊張しながら、奏から目をそらしてそう切り出す。
沈黙時間がやけに長く感じ、響は自分の心臓の音が奏に聞こえるのではないかと気が気でなかった。
「……お願いします」
奏は響から目をそらしながら、控えめにそう呟いた。
「……分かった」
響は緊張しながらも、奏の手を握る。奏が立ち上がるのを待ち、ゆっくりと歩き始めた。
(俺、手汗とか大丈夫かな? 握る力、このくらいで良いかな?)
響は心臓がバクバクし、ある意味お化け屋敷どころではない。
(でも……何かかなちゃんを守れているような気分だ)
響は隣にいる奏に目を向け、少しだけ口角を上げた。
「かなちゃん、大丈夫そう?」
「……はい。……何だかすみません」
奏は弱々しく笑う。
「謝らなくても良いよ。むしろ俺は……かなちゃんに頼ってもらえて嬉しいから」
暗がりで顔色が分かりにくい中、響は頬を染めながら真っ直ぐ奏を見ていた。
「……ありがとう、響くん」
奏は少しホッとし、安心したように微笑んだ。
「あ、ごめんなさい、響先輩。学校なのに敬語が抜けていました」
「別にそこは気にしてないから大丈夫だよ」
ハッと慌てる奏に響はクスッと笑った。
「じゃあ、進もっか」
「はい」
響は奏を守るように、お化け屋敷の出口へ向かった。
「お化け屋敷、意外と怖かったね」
二年三組のお化け屋敷から出た響。
「はい。高校生が作れる程度だと思って舐めていました」
奏は明るい場所に出たことでホッとしていた。
「でも、響先輩がいてくれて頼もしかったです。ありがとうございました」
奏はふふっと柔らかく微笑み、響を真っ直ぐ見ていた。
響は体温が上昇したような感覚になった。
「なら……良かったよ」
響ははにかみ、頭をポリポリと掻いた。
何ともいえない緊張感とほのかに甘い空気が流れている。
「そうだ、せっかくだし有志のステージも見に行ってみよう」
響は緊張していることを誤魔化す為、明るめの声で提案した。
「そうですね。そういえば、三年の先輩も有志のバンドでステージに出るって言っていましたよね。行きましょう」
奏は思い出したような表情になり、進み出す。
響は奏の隣に並んだ。
♪♪♪♪♪♪♪♪
響と奏が並んで歩いている様子を、校舎の外にある模擬店の列に並びながら詩織は見ていた。
複雑そうな表情である。
「そんな顔するなら、さっさと小日向先輩に気持ち伝えたら良いんじゃないの?」
突然声をかけられ、ビクリと肩を震わせる詩織。
「何だ、浜須賀くんか。びっくりした」
声の主は律だった。
律は詩織の後ろに並ぶ。
「浜須賀くんこそ、良いの? 大月さんのこと好きなんでしょう? 態度でバレバレ。でもこのままだと小日向先輩が有利なままだけど」
詩織はムスッとしていた。
「まあ確かに有利なのは小日向先輩だろうな。でも俺は内海さんとは違って小日向先輩に嫌がらせはしない。そこまで心が汚れてるわけじゃないから」
律は意地悪そうに笑う。
「……浜須賀くんって爽やかそうに見えて結構意地悪だよね。奏ちゃん、意地悪な人は好きじゃないかもよ」
詩織はキッと律を睨む。
「嫉妬心をコントロール出来なくて大月さんに嫌がらせした内海さんにだけは言われたくないかな」
フッと笑う律。
詩織は何も言い返せず、率を睨むだけだった。
文化祭一日目、校内祭はこうして過ぎていくのであった。
文化祭二日目になった。
この日は一般祭で、生徒の家族や他校の生徒や近隣住民などもやって来る。
響は舞台袖で少しだけ緊張しながら待機している。
吹奏楽部のステージ発表が次なのだ。
昨日の校内祭はそこまで緊張しなかった。しかし一般祭では曲や演出が一部変更になる。少し難しめの曲も追加することになったので、響はひたすらクラリネットの指使いを確認していた。
その時、奏と目が合う。
奏は響に対し、朗らかに口角を上げた。
その笑みを見た響は、心臓がトクリと跳ねる反面、落ち着きを取り戻した。
(大丈夫、練習では上手く出来たんだし)
響は深呼吸をした。
その時、前のステージプログラムが終わる。
響達吹奏楽部は舞台袖から出て、それぞれの席に着くのであった。
いよいよ吹奏楽部のステージが始まる。
トランペット、サックスの勢いがありつつも荘厳な音。クラリネット、フルート、オーボエの柔らかで華麗な音。ピッコロの独特で可愛らしい高音。ホルン、トロンボーン、ユーフォニアムの柔らかな助奏。チューバ、ファゴット、パーカッションなどの、音楽を支える低音やリズム感。
難しい曲だが皆練習の成果を発揮出来た。
観客の拍手が鳴り響く。
(上手くいった……)
響は肩の荷が降り、ホッとしていた。
「響先輩、今日は燕尾服なのですね」
奏は響の姿を見てクスッと笑う。
「まあね。一般祭はメイド服を断固拒否した。昨日の写真でも父さんと母さんに散々いじられたからさ」
先日のメイド服とは打って変わり、クラスの女子達から今日は燕尾服を着ることが許された響である。
「メイド服も……可愛かったですよ」
奏は思い出したようにふふっと表情を綻ばせている。
「かなちゃんが着たら可愛だろうけどさ」
響は思わずポロッとこぼしていた。
「そう……ですか?」
奏は少し頬を赤く染め、戸惑ったような表情になる。
「……うん」
響も頬を赤く染めながら頷いた。
「奏!」
そこへ彩歌がやって来る。
響と奏はハッと我に返った。
「セレナ先輩の男装コンテスト、始まっちゃうよ。行こ」
「そうだね。響先輩、私の両親が響先輩のご両親に会いたいそうなので、また後で」
「分かった。また連絡お願い」
響は奏の言葉に頷き、若干残念ではあるが奏の時間を彩歌に譲るのであった。
(天沢さんも、かなちゃんのこと大切に思ってるもんね)
響は奏と彩歌の後ろ姿を見て穏やかな表情を浮かべていた。
「響、随分とあっさり引き下がるんだな」
風雅がやって来る。一連の様子を見ていたようだ。
「まあ……かなちゃんは天沢さんとの時間も大切だと思うから」
「そっか。でも、うかうかしてられないと思うけど」
ニヤリと笑う風雅。
「うかうかしているつもりはないけど……まだ告白とかしたら迷惑かもしれないし」
苦笑する響。
「奏ちゃんってさ、彩歌ちゃんと一緒にいることで結構注目浴びるんじゃない?」
「風雅、どういうことだ?」
響はきょとんと首を傾げた。
「いやさ、彩歌ちゃんは誰もが認める美人って感じで目立つじゃん。本人が嫌がっても関係なく視線集めるタイプ」
「……まあ、確かに」
「それで、彩歌ちゃんの隣にいる奏ちゃんにも目がいくわけ。奏ちゃんってさ、彩歌ちゃんみたいな華があるタイプじゃないけど、それでも美人なのは響も知ってるよな」
「……ああ」
響は少し頬を染めながら頷く。
「だからさ、彩歌ちゃんに注目した奴らはみんな奏ちゃんも見て、こっちの子も美人じゃんってなるんだよ。奏ちゃん狙ってる奴らも多いんじゃないかって俺は思う。幼馴染って立場に胡座かいてたら横からかっさらわれるかもよ」
風雅は悪戯っぽく笑った。
「マジか……」
響は青ざめるが、奏との関係を壊したくないので行動出来ずにいた。
♪♪♪♪♪♪♪♪
響と奏が両親達と合流する時間になったので、彩歌は一人で校内を歩いていた。
そんな彩歌を見つけた風雅はニッと口角を上げる。
「彩歌ちゃん、今一人なんだ」
「話しかけんな、鬱陶しい」
彩歌はキッと風雅を睨む。
「俺も一人なんだけどさ、良かったら一緒に模擬店回らない?」
風雅は彩歌に怯まず誘う。
「はあ!? あんたと一緒とか死んでも嫌!」
彩歌は目を吊り上げて一掃するのであった。
「そっか、残念」
風雅はフッと笑う。
(まあ……しつこ過ぎる男は嫌われるか)
風雅は一旦彩歌から離れUターンした。
しかし、背後から聞こえた話し声にハッとする。
「だからあたしに話しかけんな!」
彩歌の声だ。
「良いじゃん文化祭一緒に回ろう」
「それと連絡先も教えてよ。俺、拍秀高校二年の谷口って言うんだけど」
「あ、抜け駆けすんな。俺も連絡先教えて」
「はあ!? あんた達に教えるわけないじゃん!」
彩歌は他校の男子達から声をかけられていたようだ。
「じゃあ一緒に回って仲良くなったら連絡教えてくれる?」
「ちょっと離せ!」
何と他校の男子達の中の一人から腕をつかまれた彩歌。
風雅はいても立ってもいられなくなり、急いで彩歌の元へ行く。
そして彩歌の腕をつかんでいる男子の腕を力強くつかむ。
「この子に何か用?」
風雅は恵まれた容姿や身長を活かし、他校の男子達に分が悪いことを思い知らせるような表情になる。
「いや……別に」
「何だ、彼氏持ちか」
「やっぱ美人にはイケメンの彼氏がいるのか」
他校の男子達は風雅を見て勝ち目がないと判断し、その場を立ち去った。
「彩歌ちゃん、大丈夫?」
風雅は心配そうに彩歌の顔をのぞき込む。
「近い! 離れろ!」
すると彩歌から軽く突き飛ばされた。その様子がいつもより刺々しく、異様に感じた風雅。
「彩歌ちゃん……?」
改めて彩歌の表情を見ると、悔しそうに目に涙を溜めていた。
「あたしは……好きでこの見た目になったわけじゃない。クソ男を喜ばせる為にこの見た目で生まれたわけじゃない!」
鋭く引き裂くような、刺々しい口調。彩歌から伝わる激しい怒り。
風雅はそれらから目が離せなかった。
「男はあたしのことを美人だとか囃し立てるけど、それで女子の中であたしの立場が悪くなってもお構いなし。男なんて、自分が楽しければあたしのことなんてどうでもいいって思ってる。だから嫌いなの。男なんて、この世から滅びろ!」
激しい嵐や雷のような、それでいてストレートな彩歌の怒り。
その怒りは、風雅をハッとさせた。まるで氷水を真正面からぶっかけられたような感覚だ。
(俺は……自分のことばっかりだったな。彩歌ちゃんが今までどんな目に遭っていたのか、考えたことがなかった……)
風雅はいつもの軽薄な雰囲気からガラリと変わる。
「ごめん、彩歌ちゃん。俺、君のこと全然知らなかった。きっと知らずに傷付けてた。……謝ってどうなるとかじゃないけど、ごめん」
風雅は真剣な表情で真っ直ぐ彩歌を見ていた。
「……別にあんたに謝られても」
彩歌はいつもとは違う風雅に若干戸惑いを見せる。
その時、彩歌の後ろから走って来る複数の女子生徒達がいた。
「ちょっと早く! 次のステージ始まっちゃうよ!」
「ああ、待って待って!」
女子生徒達は急ぐあまり彩歌に気付かず勢いよくぶつかってしまう。
「うわっ」
女子生徒達にぶつかられた彩歌はバランスを崩し、倒れかける。
「彩歌ちゃん!」
風雅は咄嗟に体が動き、彩歌を支える。
しかし自身もバランスを崩し、床に倒れてしまう。
彩歌の下敷きになる風雅であった。
「彩歌ちゃん、大丈夫? 怪我はない?」
風雅は自身の上にいる彩歌に優しげな表情を向ける。
彩歌は驚きながら「別に」と素っ気なく答え、立ち上がり風雅から少し離れる。
「良かった。それにしても、俺ダサいな。彩歌ちゃん助けようとしたけどこのザマだ」
自嘲気味に立ちあがろうとする風雅。しかし、左足首にズキリと痛みが走る。風雅は痛みに顔を歪め、左足首に手を当てる。
「嘘……捻挫?」
彩歌は若干心配そうな、怒ったような複雑な表情である。
「多分そうかも。本当、俺ダサいな」
フッと自嘲し、ゆっくりと立ち上がる風雅。
「保健室」
「え?」
風雅は目を丸くしてきょとんとする。
「保健室行くんでしょ?」
彩歌は呆れたようにため息をついた。
「連れて行ってくれるんだ」
風雅は意外だと言うかのように表情を綻ばせた。
彩歌に放置されることも覚悟していたのだ。
「あんたのことはうざいし消えて欲しいって思うけど……ここで放っておくのは違うから。……あたしのせいでもあるし」
彩歌はフイッと風雅から目をそらす。
「ありがとう、彩歌ちゃん」
風雅は柔らかく笑う。いつもの軽薄な笑みとは違った。
「言っとくけど、肩は貸さないから。あんたみたいな巨体、あたし運べないし」
「分かってるよ。自分で歩く」
クスッと笑う風雅。
身長百八十九センチの風雅を身長百六十二センチの彩歌が運ぶのは無理がある。
「じゃあ彩歌ちゃん、保健室まで付き添いお願い」
それに対して彩歌は何も答えず、若干ムスッとしながら風雅のペースに合わせてゆっくりと歩き出した。
「そういえば、奏ちゃんとは一緒じゃないんだ」
「奏は今両親と一緒。あいつとも一緒だけど……」
面白くなさそうな表情の彩歌。
「あいつ……響のこと?」
風雅がそう聞くとムスッとしながら頷く彩歌。
「響って奏ちゃんのこと好きなのバレバレだよね。奏ちゃんは気付いてるのか知らないけどさ。でも、響、良い奴だよ。素直で真っ直ぐだし、他人のこともあんまり悪く言わないからさ」
「知ってる。……だからムカつくの。もっと嫌な奴だったら、奏から遠慮なく引き離せるのに」
心底不機嫌そうな彩歌である。
「そっか。俺としては、友達が認められた感じで嬉しいな」
風雅はまるで自分のことのように喜んでいた。
彩歌はそんな風雅に対してほんの少しだけ表情を和らげた気がした。
そうしているうちに、保健室に到着した。
風雅は保健室の先生に湿布とテーピングをしてもらっていた。
「彩歌ちゃん、俺もう大丈夫だから。ありがとう」
すると彩歌は黙り込む。
「彩歌ちゃん?」
「……ごめん。それと……ありがと」
彩歌はそれだけ言い、保健室から出て行った。
「俺は大したことしてないよ。でも、どういたしまして」
風雅は彩歌の後ろ姿に向かってポツリと呟いた。
その表情は、真っ直ぐで穏やかだった。
文化祭が終わり、吹奏楽部は一気にコンクールモードに入った。
しかしこの日の部活終わり、顧問が難しそうな表情をしていた。
「みんながコンクールモードに入って部活に熱心になっているのはよく分かる。ただ……もうすぐ期末テストがあるってことは分かるよな?」
顧問の言葉に響は若干表情が引きつる。
(あ……)
現実逃避をするかのように、目線を天井に向けた響。
勉強はきちんとしていたので、中間テストの点数はそこそこ良かった響。しかし、期末テストの方が出題範囲は広い。よって中間テストと同じ感覚で挑んだら点数や順位が落ちることは確実だ。
(勉強そろそろ始めないと)
響の成績は中学では当たり前のように学年五位以内に入っていた。しかし偏差値七十二の音宮高校では必死に頑張ってもせいぜい三百二十人の中で八十位から百位あたりをウロウロしている程度だ。上には上がいることを思い知った響である。
諦めたように心の中でため息をついた。
(それにしても、蓮斗はよく学年一位キープ出来てるよな。風雅も何だかんだ学年五十位以内には入ってるし)
響はチラリと楽器を置いて座っている蓮斗と風雅に目を向けた。
蓮斗は期末テストの話をされても涼しい表情だ。風雅はやや怠そうな表情ではあるが、きっと今回も上の方の成績を取るだろう。
「分かってるよな? 特にパーカッションの昼岡徹!」
顧問は徹を名指しした。
「何で俺!?」
嫌そうな表情の徹。
「お前は一年の時から成績が学年最下位だっただろうが!」
「先生、それ名誉毀損! この前の中間は三百二十人中三百十八位! 最下位じゃなくて下から三番目だし!」
自信満々でしたり顔の徹。しかし、威張って言うことではない。
「下から三番目とかダサ過ぎ」
彩歌が馬鹿にしたように笑っている。
「おい天沢! あんまり俺を馬鹿にすんなよ!」
彩歌の態度にドラムスティックを飛ばす勢いの徹である。
「昼岡、騒ぐな。とにかく、お前は去年夏休みの補習に引っかかっていたな。今年のコンクールは昼岡がドラムやるから補習とかで抜けられたら困るんだ。しっかりしてくれ」
顧問はそう呆れたようにため息をついた。
「昼岡以外も、しっかり勉強して夏休みの補習には引っかからないように! 学生の本分は勉強だ!」
顧問は部員全体を見てそう言った。部員達は「はい!」と返事をしたところでこの日の部活は解散になった。
(徹とは一年の時同じクラスだったけど……確かにあいつの成績はヤバかった……。まあ俺も自分の成績気にしないといけないけれど。数学でつまずいた部分あるし)
響は帰る準備をしながら思い出していた。
その時、響と同じように丁度帰る準備をしていた蓮斗が目に入る。
(そうだ、蓮斗に聞いてみよう)
響は荷物をまとめ、蓮斗の元へ向かった。
「蓮斗、今良い?」
「おお、響か。良いけど、どうした?」
蓮斗は一旦手を止め、響に目を向けていた。
「いや、数学で分かんない部分あって、時間あればちょっと教えて欲しいんだけど」
やや遠慮がちに頼む響である。
「ⅡかBどっちだ?」
「Bの方。ワークのこの問題で」
響は数学Bのワークの問題を開く。
「おーい、蓮斗! 俺にも教えてくれ! 夏の補習回避の為に! 勉強せず楽に点数取れる方法ない?」
そこへ徹もやって来た。勉強は嫌いだが、流石に補習になるのも嫌みたいだ。
「勉強せずに点数取れるかよ。お前はまずどこが分からないのかすら分かってないだろ。俺は今、響に教えてるからお前は後だ。その間にどこが分かってないのか確かめろ」
蓮斗は呆れ気味にため息をついた。
「えー……。とにかく分からないから教えてくれ。頼むよ、蓮斗先生ー!」
縋りついて騒ぐ徹である。実は一年生の時からこの調子なのだ。
そこへ風雅が加わり助け舟を出す。
「それなら土曜日勉強会でもするか? 市内で一番でかい中央図書館とかで。俺、元々土曜は図書館で勉強する予定だったし」
「……まあ図書館なら息抜きに本も読めるし、良いかもな」
蓮斗が少し考えた後、納得したように頷いた。
「響の数Bも、詳しい解き方とか考え方はそっちの方がゆっくりと教えられるけど」
「それなら土曜日でよろしく」
響は蓮斗に対してそう頼んだ。
「なら俺分かんねえ科目全部持っていくわ」
藁にも縋るような思いの徹である。
こうして、響達男子四人は土曜日に市内で一番大きな中央図書館で勉強会をすることになった。
♪♪♪♪♪♪♪♪
そして土曜日になった。
中央図書館前で響達四人は唖然としている。
「システムエラーで本日臨時休館!?」
徹は『臨時休館』の札を見て叫ぶ。
「図書館の公式ホームページや公式SNSでの連絡も少し遅かったからな」
風雅がスマートフォンを見て軽くため息をついた。
「マジか……」
響は暑い中駅から歩いた疲労が一気に襲って来たような気分になった。
「涼しくて勉強スペースがある場所……この辺にはなさそうだな」
蓮斗は四人で勉強出来そうな場所があるかをスマートフォンで調べていた。しかし、良さそうな場所はない。
「何か勉強する気失せた。四人で遊ばね?」
一番勉強しなければならない徹がこれである。
「元はと言えばお前に勉強教える為だろうが」
呆れながら徹を小突く蓮斗。
その時、キーッと響達四人の背後で自転車のブレーキ音がした。
四人は振り返る。すると、そこには意外な人物がいた。
「おお、律か」
響はまさかここで律に会うとは思っておらず、意外そうに目を丸くしていた。
「こんにちは、先輩方。……もしかして図書館休館だったりします?」
律は立ち尽くす響達を見て恐る恐るそう聞いてきた。
「残念ながらな。公式ホームページや公式SNSもちょっと連絡が遅かったみたいだ」
風雅が苦笑しながらスマートフォンの図書館公式ホームページを律に見せる。
「想定外でしたね……。本を返すついでに勉強しに来たのですが……。家だと少し騒がしいですし」
こうして律も響達と同様に勉強場所難民と化した。
(勉強場所……一番近い風雅の家は今日は無理らしいし、俺の家と蓮斗の家は少し距離がある。徹も家狭いとか言ってるしな)
響は勉強場所を必死で考えた。その時、ある場所が思い浮かぶ。
(あの子の家なら広いしまだ近い。いや、でも迷惑かな……?)
そう迷いつつも、響はスマートフォンを取り出しある人物に連絡をした。
すると、意外にもあっさりOKの返事が来た。
「あのさ、勉強場所なんだけど……」
響は新たな勉強場所としてとある人物の家を提示する。
すると、皆意外そうな表情になった。
この日、奏は自宅の自室で少し悩んでいた。
(進路か……)
奏は学校で配られた進路希望調査票を眺めてぼんやりとしている。
頭の中に浮かぶのは、幼い頃に響と一緒に二重奏をした思い出や初めて出場したフルートのコンクールのこと。そして、中学一年生の時の挫折や再び響と二重奏をしたこと。フルートや音楽から離れていた時期もあるが、奏の人生は基本的に音楽とは切り離せないものだ。
(普通の大学か、音大か……)
奏は軽くため息をつく。
その時、スマートフォンに連絡が入った。
彩歌からである。
この日、奏の両親と祖父母は用事があり、帰って来るのは夜になる。だから奏は彩歌と一緒に家でテスト勉強をする約束をしていたのだ。
彩歌からのメッセージは「着いた」と一言。奏は二階の自室から出て一階の玄関を開ける。そのまま広い庭を通り、門の前にいた彩歌を見つけると表情を綻ばせた。
「彩歌、いらっしゃい」
「お邪魔しまーす。五月の中間テスト振りの奏の家だね。あ、これお土産。うちのお母さんが買ったクッキー」
「ありがとう、彩歌。彩歌のお母さんってお土産選びのセンスが良いから少しワクワクしてる」
奏は表情を輝かせながら彩歌からお土産の紙袋を受け取る。
二人は広い庭を通り、ようやく玄関までたどり着いた。
「うちのお母さん、趣味のお菓子作りの為に色々なお店のお菓子食べて研究してるからね」
ややしたり顔の彩歌。しかし、玄関の様子を見て怪訝そうな表情になる。
「待って、何か男ものの靴多くない?」
「ああ、一応彩歌に連絡しようと思ったところだったけれど……」
奏は少し申し訳なさそうに微笑み、どう説明しようか迷っている。
「実は響先輩から連絡があったの。響先輩達、中央図書館で勉強しようとしていたみたいなんだけど、今日図書館臨時休館になったみたいなの。それで、私の家で勉強して良いかって……」
奏は困ったように苦笑し、上目遣いで彩歌を見る。
図書館臨時休館で困った響が連絡したのは奏だったのだ。
すると全てを察した彩歌は何も言わず、大股歩きで奏の家のリビングに突入する。
「今すぐ奏の家から出て行けクソ野郎共!」
リビングに入り開口一番それである。
響達は突然の言葉に驚き、肩をピクリと震わせ彩歌に目を向ける。隣の徹はあまりの驚き具合にすっ転んでいた。
「天沢さん……」
目を吊り上げ仁王立ちの彩歌に、響は若干顔を引きつらせていた。
奏は彩歌の様子に苦笑した。
結局、奏と彩歌の邪魔をしない条件で響達は奏の家での勉強を許してもらえることになった。もちろん、彩歌が出した条件ではあるが。
こうして、奏の家で勉強会が始まる。
奏、彩歌、律達一年生は自分のペースで問題なく勉強を進めていた。
響達二年生は徹の面倒を見ながら自身の勉強を進めていた。
響も数学Bの分からない部分を蓮斗に聞いてワークの問題を解いていた。
奏にとっては見慣れたリビングでいつもの空間である。だから他の者達がいてもいつも通り集中して勉強出来た。一方、奏の家に初めて来た者達は最初この高級感あふれる空間に呑まれそうになっていた。しかし、次第に自分の勉強に集中出来るようになったようだ。
「あー、疲れたー」
しばらくすると、徹がシャーペンを置き、座ったまま軽くストレッチをする。
「徹が一時間半も集中するなんてな。明日は大雪か?」
「おい風雅、どういうことだよ?」
風雅にムッとする徹。
風雅が言った通り、勉強開始してから一時間半が経過していた。
「まあ一時間半勉強したから、少し休憩するか」
蓮斗は問題集をもうすぐ解き終わるようだ。
「何かいつもより集中出来たかも」
響はふうっと深呼吸をした。
「せっかくですし、紅茶出しますね」
奏は数学Aの勉強を終え、ゆっくりと立ち上がりキッチンに向かう。
すると、響もすぐに立ち上がった。
「かなちゃん、じゃあ俺手伝う」
「ありがとう、響くん。あ、ごめんなさい。敬語が抜けていました」
自宅なのでリラックスしていた奏は、他の部活のメンバーがいるにも関わらず響のことを「響先輩」ではなく「響くん」と呼んでしまった。
「いや、今学校とか部活じゃないから、気にしないで。このコップで良いのかな?」
響は優しく笑いながらコップを出そうとする。
「はい、それを七つお願いします。私、お湯を沸かしていますから」
奏は電気ポットのスイッチを入れた。
「大月さん、俺も手伝えることある?」
いつの間にか律もキッチンにやって来ていた。
「浜須賀くん……じゃあ、棚の上にある紅茶のパックを取ってもらえる?」
「これだね?」
「うん、ありがとう」
比較的長身が高い律にとっては朝飯前の行動だ。奏は律から紅茶のパックを受け取る。
奏はガラスのティーポットに紅茶のパックとお湯を入れ、一分間蒸らしていた。
「奏ちゃんの家って広いし豪華だね。普段とは違う場所だから、いつもより集中出来た気がする」
奏達が紅茶を準備している間、風雅は奏の家のリビングを見渡していた。
「何つーか、本当に金持ちって感じだな。俺とてもじゃないけどこの家では騒げない」
徹が肩を縮ませていた。
「徹が騒いだら絶対何か壊すからな。大月の家のもの壊したらお前が絶対弁償出来ない額になりそう」
問題集を解き終えた蓮斗は苦笑していた。
「奏の家はお祖父さんとお祖母さんの代から揃って音楽一家の資産家なの。しかも結構権力がある。由緒正しい奏の家に来るんだったらそんなお菓子じゃなくてもっとまともなもの持って来なさいよ」
彩歌はムスッとしながら響達が持って来たお菓子が入ったビニール袋を顎で示す。
スーパーのビニール袋にはポテトチップスや大袋のチョコレート菓子など庶民的なものがドサッと入っていた。
「確かに奏ちゃんの家には不釣り合いかも」
風雅は庶民的なお菓子が入ったビニール袋を見て苦笑した。
「お待たせしました」
奏達は紅茶を皆に配る。
「奏ありがとう」
彩歌はご機嫌な様子で奏から紅茶を受け取った。
皆集中して勉強していた反動か、肩の力が抜けている。
「そう言えばさっき天沢が大月の家は祖父母の代から揃って音楽一家の資産家とか言ってたけど、もしかして世界的有名な指揮者の大月弦一郎って大月のお祖父さんだったるする?」
「はい、そうです」
蓮斗から聞かれた奏は頷いた。
「大月弦一郎、俺も聞いたことある。じゃあさ、大月さんも進路は音楽関係の道に進むの?」
「進路……」
奏がまさに悩んでいたことである。
律からの問いに、奏は黙り込んでしまった。