数日後、いじめの首謀者と噂される生徒の一人、神谷優衣が陽菜に話しかけた。
「ねえ、朝比奈さんさ、最近ちょっと目立ちすぎじゃないかな。」
教室の空気が冷たく張り詰める。周囲は見て見ぬふりを決め込み、誰ひとり口を開くことも、目を合わせることもしなかった。
「…なにか言いたいことがあるなら、はっきり言ってくれる。」
陽菜は真っ直ぐに優衣を見つめた。その眼差しに、優衣は一瞬だけ目を逸らす。
「別に。ただ、空気読まないと浮くよって忠告しただけ。…何よこんなの、気持ち悪。」
そう言いながら陽菜のノートを破く。その言葉に、行動に、蓮は初めて自分の中で何かが弾けたのを感じた。怒りではない。恐れでもない。ただ、理不尽に対して黙っていた自分への嫌悪だった。
「空気読むのって、正義を黙殺する言い訳にはならないよな。」
その言葉が出た瞬間、教室の空気が確かに揺れた。蓮の声に今まで俯いていた生徒の数人がそっと顔を上げる。
「ふーん、模範生様がご立派なこと。」
優衣は皮肉っぽく笑いながら、そう言い残して席に戻った。その時、陽菜は静かに蓮を見つめていた。
「……変わったね。」
「変えられたんだと思う。お前に。」
そう言った自分に、蓮は不思議な安堵を覚えた。誰かに期待される役を演じるのではなく、自分の意思で何かを選んだという手応え。それが、ほんの僅かでも、確かにそこにあった。けれど、この出来事がクラスに大きな波紋を広げることになるのは、まだ先の話だった。