翌日の教室はいつもと変わらぬ静寂に包まれていた。誰もが教科書を開き、無言で黒板を見つめる。けれど、蓮の視界はある一点にとらわれていた。紗季の席。彼女は何事もなかったように前を向いていたが、その背中はどこか硬かった。周囲の視線は自然を装いながらも、少しずつ彼女を避けているように見える。蓮は昨日のことを思い出し、喉の奥が重くなるのを感じた。
「今日の放課後、少し時間あるか。」
授業後、蓮は陽菜に声をかけた。
「どこに行くの。」
陽菜は頷きながら、珍しく真顔で聞いた。
「話を、紗季に。…ちゃんと聞いてみようと思って。」
　放課後三人は校舎裏のベンチに腰を下ろしていた。夕焼けが校舎のガラスに映り込み、茜色の光が差し込んでいる。
「…あたし、いじめられているわけじゃないよ。ただちょっとからかわれているだけ。目立たないし、反応すると余計に面白がられるから、黙ってるだけ。」
蓮は言葉を探した。どんな言葉をかければいいのか自信がなかった。だが、陽菜は迷わず口を開いた。
「我慢しなくて良いんだよ。そういうのからかいじゃなくていじめだよ。誰も言わないからって正当化しちゃダメだよ。」
紗季の肩が微かに震えた。その姿を見て蓮は思った。陽菜はいつも真っ直ぐだ。誰かを守るために自分をさらけ出すことを恐れない。その強さが蓮には眩しかった。
「…誰がやってるか、知ってるの。」
陽菜の問いに紗季は黙ったままだった。でも、その沈黙が何よりの答えに感じた。