その日の放課後、蓮は偶然階段の踊り場でクラスメイトの紗季が泣いているのを見かけた。制服の襟元にインクのシミが付いていて、手には破られたプリントが握られていた。
「…何かあったの。」
蓮の問いかけに紗季は少し目を見開いたあと、すぐに目を逸らした。
「……別に。転んだだけ。大丈夫だから。」
誰かに助けを求めることが最も難しい。蓮はそのことを痛いほど知っていた。だからこそ、言葉が出なかった。ただ、その場から立ち去ることも出来なかった。
その夜蓮は陽菜にメッセージを送った。
――明日話がある。
陽菜からの返信はすぐに返ってきた。
――うん、分かった。
翌日、二人は再び屋上に向かった。蓮は言うべきかどうかを何度も迷った。けれど陽菜は、ただ黙って待っていてくれた。まるで、蓮の言葉が出てくるのを信じているかのように。
「…紗季って子、いじめられているかもしれない。昨日、見た。それに、前も机が…。」
蓮の言葉に陽菜は大きく、そして深く頷いた。
「うん、知ってる。そうじゃないかなって思ってた。たぶんみんな薄々感じていると思う。でも、誰も何も言わない。自分に火の粉がかかるのが怖いから。」
「俺も、ずっとそうだった。面倒なことから目を逸らして、自分の役だけこなしていればいいって。」
「でも、もう違うんだね。」
陽菜の声は蓮の頭に柔らかく響いた。蓮は小さく息を吐いた。
「……違ったら良かったのになって思う。」
それは蓮なりの決意だった。自分の殻に籠って、他人を見下ろしていた場所から、降りてみようという最初の一歩。沈黙の教室に小さな音が響き始めていた。
「…何かあったの。」
蓮の問いかけに紗季は少し目を見開いたあと、すぐに目を逸らした。
「……別に。転んだだけ。大丈夫だから。」
誰かに助けを求めることが最も難しい。蓮はそのことを痛いほど知っていた。だからこそ、言葉が出なかった。ただ、その場から立ち去ることも出来なかった。
その夜蓮は陽菜にメッセージを送った。
――明日話がある。
陽菜からの返信はすぐに返ってきた。
――うん、分かった。
翌日、二人は再び屋上に向かった。蓮は言うべきかどうかを何度も迷った。けれど陽菜は、ただ黙って待っていてくれた。まるで、蓮の言葉が出てくるのを信じているかのように。
「…紗季って子、いじめられているかもしれない。昨日、見た。それに、前も机が…。」
蓮の言葉に陽菜は大きく、そして深く頷いた。
「うん、知ってる。そうじゃないかなって思ってた。たぶんみんな薄々感じていると思う。でも、誰も何も言わない。自分に火の粉がかかるのが怖いから。」
「俺も、ずっとそうだった。面倒なことから目を逸らして、自分の役だけこなしていればいいって。」
「でも、もう違うんだね。」
陽菜の声は蓮の頭に柔らかく響いた。蓮は小さく息を吐いた。
「……違ったら良かったのになって思う。」
それは蓮なりの決意だった。自分の殻に籠って、他人を見下ろしていた場所から、降りてみようという最初の一歩。沈黙の教室に小さな音が響き始めていた。



