朝のチャイムが鳴る数分前、蓮はいつもよりも早く教室に入った。周囲にはまだ数人しかおらず、静寂と蛍光灯の白い光だけが満ちていた。席に着いてふと隣を見る。陽菜はすでに来ていた。ノートに何かを書き込んでいるその表情は真剣で、どこか祈るような静けさがあった。
「…何、書いているの。」
自分から話しかけたことに少し驚きながら蓮は言った。僕の言葉に陽菜は顔を上げてにっこりと笑った。
「今日は、誰に話しかけようかなって。紗季ちゃんのこと助けたいから。もっと情報が必要なの。」
陽菜の答えに蓮は言葉を詰まらせた。にっこりと笑う陽菜の目は、ただ優しいだけではなかった。その奥には、冷静さと、小さな怒りがあった。
「先生に言わないのか。」
「言っても無駄でしょ。あの人、気づいているのに見て見ぬふりをしてるもん。誰も自ら面倒事を抱えたくないからね。」
蓮は返す言葉を持っていなかった。堂々とした正論だった。だけど、正論だけで動ける人間なんて、そう多くはない。一体どうしてここまで陽菜は真っ直ぐなのか蓮には分からなかった。