君に触れる、その前に

 それから数日後、クラスの空気に微かな異変が生まれた。休み時間、ひとりの女子、紗季が机に戻ると教科書が机の上に散らかされていた。椅子の脚も微妙にズレている。決定的ではない小さないたずら。でも、蓮は気付いていた。それが繰り返されていることに。気付かないふりをする生徒たち。見て見ぬふりをする教師。そして、無言でそれを片付ける彼女。蓮もまた、沈黙を選んでいた。だが、陽菜だけは違った。
「こういうの、良くないよ。」
ある日、陽菜が静かにそう言い放ちながら、紗季の机の側に歩み寄る。その言葉は、教室に重たい静寂をもたらした。
「やめとけ。関わると面倒なことになる。」
「面倒なことから逃げてたら、何も変わらないよ。」
蓮の言葉に、陽菜は真っ直ぐ言葉を返す。陽菜の無謀なまでの真っ直ぐさは、蓮の中に押し込めていた何かを刺激し続けていた。気付かないふりをしていた罪悪感。空気を読んで生きることで守っていた自己保身。そして、誰とも本当には繋がっていないという孤独。蓮の頭には「関わる」ということに正面から向き合う選択肢が芽生え始めていた。