昼休み、蓮はいつものように誰ともつるむことなく教室を出た。無言の教室。笑顔の裏に測り合いが潜んでいる空間。息苦しさにはもう慣れていたはずなのに、今日は何故だか足が重かった。ふと、背後から足音が近づいてくる。振り返ると陽菜がいた。
「ねえ、蓮くん。一緒にお昼食べない。」
彼女は躊躇のない笑顔で問いかける。それはあまりに無防備で、危ういほどに真っ直ぐだった。
「…別に、いいけど。」
何故そう答えたのか、自分でも分からなかった。屋上に出ると春先の風が制服の裾を揺らした。陽菜は風を受けながらぽつりと呟いた。
「このクラス、ちょっと変だね。」
陽菜の言葉に蓮は顔をあげた。それでも、陽菜は躊躇うことなく言葉を続ける。
「誰も怒らないし、誰も泣かない。本当に楽しそうな人もいない。まるで感情を置いてきちゃったみたい。」
「みんな大人なんだよ。波風立てずにやり過ごす術を覚えただけ。」
蓮の言葉に陽菜は真顔で首を振った。
「それって、本当に『大人』って言えるのかな。」
答えに窮した蓮の沈黙をチャイムの音がかき消した。しかし、蓮の頭の中に響く陽菜の言葉は消えなかった。