「あー、もう少しで終わっちまうなあ。この教室とも。」
立原優真は、冗談交じりの声でそう言いながら教室を見渡した。陽菜が転校してから数ヶ月、卒業式まで残り一週間、表向きの空気は静かに落ち着いていたけれど、彼の中には、まだ言い出せずにいた「ざらつき」があった。
「……俺、ずっとバカなことばっか言って、場を和ませてるつもりだったんだよな。中立でいるのが大事だって勝手に思い込んで。だけど、結局何もできなかったな。」
ぽつりと溢れたその言葉に、背後から声がかかった。
「立原くんが笑ってくれたから、私、教室にこれた日もあったよ。」
振り返ると紗季が立っていた。照れくさそうに笑うその顔を見て、優真は苦笑した。
「…今の声に出てたのかよ。…俺なんてさ……陽菜とか、蓮とか、なんか凄かっただろ。真正面から言って、ぶつかって。…俺は、ただ見てただけだよ。」
「ただ、じゃないよ。『見る』ってすごく難しいことだよ。誰かの味方になる覚悟もしないといけないし、でも誰かを否定しないでいるって、すごく優しいことだよ。」
「……優しい、か。」
優真は言葉を繰り返しながら、机に腰を下ろした。
「…俺さ、本当はずっと怖かったんだ。陽菜が最初に声を上げた時、すげえって思ったけど……もし失敗したらどうしようって、自分のことばっか考えてた。人のこと言えない。ズルかった。」
彼は手で顔を覆い、笑った。
「…でも、あの空気の中で、笑ってくれる人がいたのは本当に救いだったよ。それが優真くんのやり方でしょ。陽菜や、蓮くんとは違うけど、みんな救われてたんだよ。」
紗季のその言葉は、彼の胸に静かに届いた。
「……俺も、誰かの『何か』になれてたのかな。」
「うん、なれてたよ。」
夕日が差し込む教室。冗談ばかり言っていたムードメーカーの仮面が、少しだけ剥がれて、その下にある素顔が顕になる。その素顔は、迷いながらも、確かに誰かの力になっていた。