誰もいなくなった教室に、微かな風の音と、時計の針の音が響いていた。窓際の席に座る陽菜の姿を、蓮は無言で見つめていた。陽菜もまた、言葉を探すように、視線を遠くに投げたまま黙っている。
「明日だよな。…引っ越すの。」
ようやく絞り出した蓮の声に陽菜は小さく頷く。
「うん。お父さんの仕事の都合で、急だったけど…。言いたいこと、ちゃんと全部伝えたかったんだけど…。結局、最後まで不器用なままだったね、私。」
「……そうだな。でも、…。」
蓮は立ったまま拳を握りしめる。
「陽菜がああやって言ってくれたから、俺……考え直せた。動けた。だから、不器用でも、それでも伝わるものはあって…、それで……。」
そこまで言って、言葉が続かない。
「……伝わってるよ、蓮の気持ち。」
陽菜がゆっくりと振り返った。
「全部は分かんないけど…。でも、私、あの時本当に怖かった。でも、蓮が味方してくれたから……最後まで言えた。」
「俺は…ずっと、間違えるのが怖かったんだ。誰かを守って、また何も変わらなかったらって、またあんな目で見られるかもしれないって……。でも、陽菜はそれでも言った。あんなふうに言えるやつ、他にいなかった。」
「…わかるよ。私も怖かったもん。言葉ってさ、刃物みたいだから。」
ふたりの間に、一瞬だけ沈黙が降りる。
「蓮、言葉って、全部を伝えきれるものじゃないよね。でも……言わなきゃ、伝わらないこともある。」
「……それでも、俺は伝えきれなかった。」
蓮が、かすれる声で言った。
「俺は、ずっと陽菜に、ありがとうって伝えたかった。」
陽菜は目を伏せて微笑んだ。
「今、聞けてよかった。私もずっと言いたかった。蓮くん、ありがとう。」
それだけを残して、陽菜は静かに席を立った。すれ違いざま、蓮の肩に指先が触れた。ほんの一瞬の接触。けれど、それだけで、蓮の中にあたたかな何かが灯った。お互いに言葉では全てを伝えきれなかったけれど、その沈黙の中に、確かに通じ合った想いがあった。
「明日だよな。…引っ越すの。」
ようやく絞り出した蓮の声に陽菜は小さく頷く。
「うん。お父さんの仕事の都合で、急だったけど…。言いたいこと、ちゃんと全部伝えたかったんだけど…。結局、最後まで不器用なままだったね、私。」
「……そうだな。でも、…。」
蓮は立ったまま拳を握りしめる。
「陽菜がああやって言ってくれたから、俺……考え直せた。動けた。だから、不器用でも、それでも伝わるものはあって…、それで……。」
そこまで言って、言葉が続かない。
「……伝わってるよ、蓮の気持ち。」
陽菜がゆっくりと振り返った。
「全部は分かんないけど…。でも、私、あの時本当に怖かった。でも、蓮が味方してくれたから……最後まで言えた。」
「俺は…ずっと、間違えるのが怖かったんだ。誰かを守って、また何も変わらなかったらって、またあんな目で見られるかもしれないって……。でも、陽菜はそれでも言った。あんなふうに言えるやつ、他にいなかった。」
「…わかるよ。私も怖かったもん。言葉ってさ、刃物みたいだから。」
ふたりの間に、一瞬だけ沈黙が降りる。
「蓮、言葉って、全部を伝えきれるものじゃないよね。でも……言わなきゃ、伝わらないこともある。」
「……それでも、俺は伝えきれなかった。」
蓮が、かすれる声で言った。
「俺は、ずっと陽菜に、ありがとうって伝えたかった。」
陽菜は目を伏せて微笑んだ。
「今、聞けてよかった。私もずっと言いたかった。蓮くん、ありがとう。」
それだけを残して、陽菜は静かに席を立った。すれ違いざま、蓮の肩に指先が触れた。ほんの一瞬の接触。けれど、それだけで、蓮の中にあたたかな何かが灯った。お互いに言葉では全てを伝えきれなかったけれど、その沈黙の中に、確かに通じ合った想いがあった。



