職員室の窓から差し込む夕陽が、白井の机の上を橙色に染めていた。その光りに照らされたのは生徒指導報告書。そこには蓮や陽菜、優衣、紗季の名前が並んでいた。
「自分は教師として正しいことをしているのだろうか」
ふとそんな言葉が白井の脳裏に浮かんだ。白井は、二年A組の担任となってもうすぐ一年になる。成績は全国上位、規律正しく、外から見れば「理想的な進学校」。だがその実、生徒たちはいつも何か二怯えるように生きていた。叱られないように、失敗しないように、嫌われないように。白井はそれを「現代の生き方」だと理解しようとしていた。干渉しすぎず、突き放しすぎず。生徒の自主性に任せる、という名のもとに見えない線を引いた。しかし、陽菜が転校してきてから、その線は曖昧になった。彼女の真っ直ぐすぎる行動は、何度も白井を戸惑わせた。教師として注意すべきか、見守るべきか、何度も迷った。それでも、彼女の言葉や行動が、少しずつ周囲の空気を変えていくのを、白井は確かに感じていた。そして蓮。優等生でありながら、周囲と関わらず、教師から見ても扱いやすい存在だった彼が、自らの言葉で誰かを守ろうとした日。
「ああ、この子たちは今、本当に生きているんだな。」
そう思ったのと同時に、自分が何をしてきたかを突きつけられるようだった。見ていた。気づいていた。けれど、「確証がなかったから」、「問題が大きくならないように」。そんな言い訳を繰り返して、見て見ぬふりをしていたのは自分だ。教卓の後ろで、白井はふと手を握った。あの時、何か一言でもかけていれば、生徒たちはもっと楽になれたかもしれない。だが、それをしなかったことで生まれたものがあるのも、確かだった。今、自分はもう中立ではいられない。教師としてではなく、「ひとりの大人」として彼らと向き合わなければならない。遅くなってしまったけれど、それでも今からでも。
「…ごめんなさい。」
頭を下げた陽菜に白井は静かに言葉を返した。
「君のせいじゃない。むしろ、君がいなかったら、誰も本音を出せなかったかもしれない。ありがとう。心からそう思ってるよ。」
その声は微かに震えていた。けれど、確かに「誰かに届く言葉」だった。