誰かの声が響くたびに、紗季はその場にいないふりをした。教室の隅。視線を落とせば、誰とも目が合わない安全地帯。そこにいれば、何も言わずに済む。何も壊さずに済む。でも、本当はずっと壊れそうだった。優衣たちに囲まれていた頃、自分は「選ばれた側だとどこかで錯覚していた。笑って、同じ空気を吸っていれば、そこにいてもいい気がした。けれど、陽菜が転校してきて空気が変わった瞬間、何かがはっきりした。自分がそこにいたのは「必要だったから」ではなく「都合が良かったから」だったのだと。優衣は確かに変わろうとしていた。でもそれは、陽菜の登場によって「ずらされた」視線の中で、彼女が今の自分を守るために選んだ言葉だった。正直に言えば、そんな優衣を羨ましく思った。間違っていても、自分の気持ちを口にできる強さが、彼女にはあったから。自分にはなかった。だから何も言わなかった。いじめが始まった時、自分が一言「やめて」と言えば空気は変わったかもしれない。だけど、その一言が言えなかった。怖かった。味方のふりをして沈黙し、被害者のふりをして俯き続けた。どちらでもなく、ただ風向きを見ていた。
陽菜のノートが破られた日のことを今でも覚えている。教室が凍りつくように静まり返り、蓮が立ち上がったあの瞬間。紗季の心の何処かが、泣きそうになるほど震えた。「守ろうとしてくれた人」がいたのに、何も返せなかった。「許して欲しい」と言う資格なんてないと思った。でも、話し合いの場で陽菜と目があった時、不思議と逃げようとは思わなかった。彼女の目は、誰かを責めるものではなく、ただ「見ようとしてくれる目」だった。それが、どれほど怖くて、どれほど救いだったか。紗季は小さく息を吸った。あの時守れなかった言葉を、今度こそ吐き出すために。
陽菜のノートが破られた日のことを今でも覚えている。教室が凍りつくように静まり返り、蓮が立ち上がったあの瞬間。紗季の心の何処かが、泣きそうになるほど震えた。「守ろうとしてくれた人」がいたのに、何も返せなかった。「許して欲しい」と言う資格なんてないと思った。でも、話し合いの場で陽菜と目があった時、不思議と逃げようとは思わなかった。彼女の目は、誰かを責めるものではなく、ただ「見ようとしてくれる目」だった。それが、どれほど怖くて、どれほど救いだったか。紗季は小さく息を吸った。あの時守れなかった言葉を、今度こそ吐き出すために。



