蓮が過去の話をした翌日。放課後、蓮は陽菜に呼び出された。昇降口の階段に並んで腰掛けながら、陽菜は不意に小さく笑った。
「ねえ、蓮くん。私、前の学校でもこうだったんだよ。なんでも首を突っ込んで、良く巻き込まれて……。それで、何度も痛い思いをした。」
蓮が少しだけ眉をひそめると、陽菜は夕陽に目を細めた。
「でもあの時、見てるだけだった自分が一番嫌いだったから。」

 それは中学二年の夏。陽菜の前の学校では、一人の女子生徒が毎日のようにからかわれていた。大きな声で話すタイプではなく、運動も勉強も特別得意というわけでもない、目立たない子だった。
 ある日、陽菜は見てしまった。下校時に、その女の子のリュックが蹴らて、中身が散らばる瞬間を。周りの子たちは笑っていた。でも、女の子は笑っていなかった。顔を真っ赤にして俯いていた。陽菜は何も出来なかった。声をかける勇気もなかった。笑う子たちの中に知っている顔があって、その視線が怖かった。翌日からも、女の子は何も言わず、ただ席に座っていた。誰も気にしていないふりをしていた。ある日、ふと彼女がいなくなった。
「転校したらしいよ。」
そう誰かが言った。
それを聞いた瞬間、陽菜の中で何かが音を立てて崩れた。見ていただけの自分が、何かを壊したような気がした。だから、もう見ているだけはやめようと誓った。

 「自分のせいだって思いたくないから動くんじゃない。後悔したくないからちゃんと向き合おうって…それだけ。」
陽菜は少しだけ照れたように、でも真剣な顔で蓮を見た。
「不器用でも、間違っていても、誰かにちゃんと手を伸ばせる人間でいたいの、私。」
蓮は陽菜の横顔を見つめた。この言葉は、決して軽いものではなかった。他人の痛みに向き合うために、痛みを知っている人間の言葉だった。