中学二年の冬。あの頃の蓮は、今よりも少しだけ、誰かに手を伸ばすことを信じていた。
　その日も教室の隅で、同じような空気が流れていた。一人の男子が、机の中にゴミを詰められていた。落書き、陰口、無視。ターゲットにされていたのは、無口で、少し不器用なクラスメイトの間宮だった。見て見ぬふりをする生徒たち。担任は「仲良くしようね」と言うばかりで、何も変わらなかった。蓮は耐えられなかった。放課後誰もいない教室で、蓮は間宮に話しかけた。
「……困ってるなら、先生に言えばいいじゃん。」
間宮は少し戸惑ったように目を伏せた。
「言ったって無駄だよ。誰も信じないから。」
蓮はその言葉が信じられなかった。けれど次の日、彼は勇気を出して担任に相談した。間宮がいじめられていると。担任は「わかった」と頷いた。だが、すぐに間宮の机の上には、「チクった裏切り者」と書かれた紙が置かれた。そして、蓮に対する周囲の視線が変わった。
「お前、調子乗ってね。」
「正義ぶってるだけじゃん。」
気付けば、蓮の周りから人が消えていた。グループチャットは静まり返り、昼食は一人で取るようになった。誰も露骨ないじめはしない。ただ、静かに遠ざかるだけだった。間宮も距離を置いた。
「あんなの、自分が面倒になるだけだよ。」
そう言って、蓮に背を向けた。正しいと思った、守りたかった。でも、何も報われなかった。
　それ以来、蓮は「関わらない」という選択を覚えた。表面上は穏やかに、波風立てず、誰にも深入りしない。それが一番安全だと思った。