学期末が近づくにつれ、教室の空気は少しずつ変わり始めていた。あの冷たい沈黙は薄れ、代わりに、ぎこちなくも何かを取り戻そうとする気配が漂っていた。陽菜は変わらず真っ直ぐだった。誰にでも等しく接し、時に距離を間違えながらも、それでも関わることをやめなかった。その一方、蓮もまた、変わっていた。以前は誰かの本音に興味を持つことすらしなかった彼が、今は一人ひとりの表情に目を向けていた。それが「正しさ」かどうかは分からなくても、「他人事」にしたくないと思えるようになっていた。
ある日の放課後、蓮は再び屋上にいた。陽菜も遅れてやって来る。
「ねえ、蓮くんって、どうしてあの日、私に声をかけてくれたの。」
陽菜は問いかけるように笑った。風に髪がなびく。あの日、教室で蓮が陽菜とちょっとした言い争いになった日。蓮が自分の感情を陽菜に、陽菜が自分の感情を蓮に零したあの日。蓮はしばらく黙った後、ぽつりと答えた。
「多分…自分を、嫌いになりたくなかったんだと思う。」
その言葉に陽菜の表情にが少し変わる。
「…おかしいかな。」
「ううん、すごく分かるよ。私も同じだったから。誰かのためっていうより、自分のため。自分が後悔しないようにしたかっただけ。」
ふたりはしばらく風の音に耳を澄ませた。そこには以前のような孤独な沈黙はなかった。確かにつながり合った沈黙だった。
その頃、優衣もまた、自分の殻を少しずつ脱ぎ捨てていた。教室の片隅で、優衣が紗季に話しかける姿を蓮は偶然目にした。最初は戸惑った様子の紗季だったが、やがて小さく頷く。その光景は、誰かが誰かを許そうとしている瞬間のようだった。
やがて、白井が正式にクラス全体へ向けて「話し合いの時間」を設けた。表向きは生徒同士のトラブル。しかし実際は、お互いが抱えてきたことを「言葉にする場」だった。
「言ってもどうせ変わらないって思ってた。でも、言わなきゃ何も変わらないこともある。」
陽菜のその一言を境に、ぽつりぽつりと声が上がる。
「怖かった。」
「黙っててごめん。」
「本当は助けたかった。」
ぎこちなくも、それでも本音が教室に溢れていく。そして最後に優衣が立ち上がった。
「私は…誰かを傷つけることで、自分の居場所を守ってた。でも、それはただ孤独が怖かったから。誰より、自分が壊れそうで…。」
言葉が詰まる。蓮は陽菜を見た。陽菜は小さく頷き、目を逸らさずに優衣を見つめていた。
「ごめん……紗季。ごめんね。」
教室は静まり返ったまま。それでも、紗季が、ゆっくりと口を開く。
「ありがとう。……正直に言ってくれて、ありがとう。」
涙を零す者、俯く者、顔を上げる者。その全てが、確かに「このクラス」に存在していた。
話し合いが終わった帰り道、陽菜が蓮の隣で笑う。
「少しずつ、変わってきたね。」
蓮もまた笑った。
「そうだな。でも、変わるって疲れるな。」
「うん。でも、変わらないままだったら、もっと苦しいと思うよ。」
夕焼けが二人を照らしていた。それは、確かに再生の光だった。
ある日の放課後、蓮は再び屋上にいた。陽菜も遅れてやって来る。
「ねえ、蓮くんって、どうしてあの日、私に声をかけてくれたの。」
陽菜は問いかけるように笑った。風に髪がなびく。あの日、教室で蓮が陽菜とちょっとした言い争いになった日。蓮が自分の感情を陽菜に、陽菜が自分の感情を蓮に零したあの日。蓮はしばらく黙った後、ぽつりと答えた。
「多分…自分を、嫌いになりたくなかったんだと思う。」
その言葉に陽菜の表情にが少し変わる。
「…おかしいかな。」
「ううん、すごく分かるよ。私も同じだったから。誰かのためっていうより、自分のため。自分が後悔しないようにしたかっただけ。」
ふたりはしばらく風の音に耳を澄ませた。そこには以前のような孤独な沈黙はなかった。確かにつながり合った沈黙だった。
その頃、優衣もまた、自分の殻を少しずつ脱ぎ捨てていた。教室の片隅で、優衣が紗季に話しかける姿を蓮は偶然目にした。最初は戸惑った様子の紗季だったが、やがて小さく頷く。その光景は、誰かが誰かを許そうとしている瞬間のようだった。
やがて、白井が正式にクラス全体へ向けて「話し合いの時間」を設けた。表向きは生徒同士のトラブル。しかし実際は、お互いが抱えてきたことを「言葉にする場」だった。
「言ってもどうせ変わらないって思ってた。でも、言わなきゃ何も変わらないこともある。」
陽菜のその一言を境に、ぽつりぽつりと声が上がる。
「怖かった。」
「黙っててごめん。」
「本当は助けたかった。」
ぎこちなくも、それでも本音が教室に溢れていく。そして最後に優衣が立ち上がった。
「私は…誰かを傷つけることで、自分の居場所を守ってた。でも、それはただ孤独が怖かったから。誰より、自分が壊れそうで…。」
言葉が詰まる。蓮は陽菜を見た。陽菜は小さく頷き、目を逸らさずに優衣を見つめていた。
「ごめん……紗季。ごめんね。」
教室は静まり返ったまま。それでも、紗季が、ゆっくりと口を開く。
「ありがとう。……正直に言ってくれて、ありがとう。」
涙を零す者、俯く者、顔を上げる者。その全てが、確かに「このクラス」に存在していた。
話し合いが終わった帰り道、陽菜が蓮の隣で笑う。
「少しずつ、変わってきたね。」
蓮もまた笑った。
「そうだな。でも、変わるって疲れるな。」
「うん。でも、変わらないままだったら、もっと苦しいと思うよ。」
夕焼けが二人を照らしていた。それは、確かに再生の光だった。



