週が明けた月曜日。教室の空気は明らかに変わっていた。蓮が教室に入ると周囲の会話が一瞬だけ途切れた。目を逸らされる。言葉に出さずとも、それが「距離」を意味していることは明白だった。それでも、蓮は自分の席に向かい、何事もなかったかのように椅子を引いた。視線の痛みに慣れるにはまだ少し時間が必要だ。陽菜の姿は、既に教室の後方にあった。彼女もまた、数人の女子たちの視線を一身に浴びていたが、どこかそれを受け入れているようにすら見えた。真っ直ぐな背筋。その姿に蓮は少しだけ救われた気がした。
昼休み、陽菜は屋上に向かった。蓮もその後を追う。いつの間にか、それが彼らの「逃げ場所」になっていた。
「…ちょっと浮いてるね、私たち。」
陽菜は軽く笑ったが、その瞳は笑っていなかった。
「分かってたことだろ。」
「うん。分かってた。だけど、…思ってたより、孤独って怖いんだね。」
風が吹き陽菜の髪を揺らす。沈黙がしばらく続いた後、蓮は話を切り出した。
「……前にも、こういうことあったのか。」
陽菜は少しだけ目を伏せた。
「前の学校でね。似たようなことがあったの。誰かがいじめられてた。でも、私、怖くて何もできなかった。ただ黙って、見てるだけだった。……結局、その子は不登校になって、転校しちゃった。私は、それをずっと後悔してて。」
その声は小さくて、でも確かに震えていた。
「今度こそ、見てるだけでいたくなかった。ちゃんと、誰かのそばに立ちたかった。」
蓮は言葉を失っていた。陽菜の強さの裏には、後悔と罪悪感があった。そしてその痛みはどこか自分にも重なって見えた。
「…お前は、強いな。」
「ううん、そんなことない。私は弱いから、もう誰かを見捨てたくないだけだよ。」
その答えに蓮は少し笑った。
放課後、蓮は一人で職員室へと向かった。担任の白井は、事なかれ主義で知られていたが、それでも蓮は一度話してみようと思った。
「いじめのことですか。…うーん、蓮くんがそう思うのは分かる。けど証拠もないし、騒ぎ立てると余計に問題が拗れるからね。」
白井の言葉は蓮が想像した通りだった。
「……先生、見て見ぬふりをしてるんですか。」
そう言った瞬間に職員室の空気が張り詰めた。白井は苦笑しながら言葉を選ぶように言った。
「世の中、理想だけじゃ動かない。分かるだろ。」
蓮は黙って頭を下げ職員室をあとにした。理想だけでは動かない。だが、だからと言って黙る理由にはならない。今の蓮はそう思えるようになっていた。
翌日、蓮と陽菜はまたひとつの行動に出る。紗季に声をかけ、周囲の無視や陰口を記録に残し始めた。事実を罪重ね、言葉ではなく証拠を作る。小さな抵抗だ。だが、その抵抗はいずれ教室に、そして周囲の生徒たちに波紋を広げていく。そう信じていた。予想通り、無関心だったクラスメイトの一部が少しずつ視線を向け始めた。その変化を神谷は黙って見ていた。嘲笑も、挑発もなく、ただただ冷たい目で。やがて、神谷自身の中にある「理由」も少しずつ明らかになることをまだ知らない目で。
昼休み、陽菜は屋上に向かった。蓮もその後を追う。いつの間にか、それが彼らの「逃げ場所」になっていた。
「…ちょっと浮いてるね、私たち。」
陽菜は軽く笑ったが、その瞳は笑っていなかった。
「分かってたことだろ。」
「うん。分かってた。だけど、…思ってたより、孤独って怖いんだね。」
風が吹き陽菜の髪を揺らす。沈黙がしばらく続いた後、蓮は話を切り出した。
「……前にも、こういうことあったのか。」
陽菜は少しだけ目を伏せた。
「前の学校でね。似たようなことがあったの。誰かがいじめられてた。でも、私、怖くて何もできなかった。ただ黙って、見てるだけだった。……結局、その子は不登校になって、転校しちゃった。私は、それをずっと後悔してて。」
その声は小さくて、でも確かに震えていた。
「今度こそ、見てるだけでいたくなかった。ちゃんと、誰かのそばに立ちたかった。」
蓮は言葉を失っていた。陽菜の強さの裏には、後悔と罪悪感があった。そしてその痛みはどこか自分にも重なって見えた。
「…お前は、強いな。」
「ううん、そんなことない。私は弱いから、もう誰かを見捨てたくないだけだよ。」
その答えに蓮は少し笑った。
放課後、蓮は一人で職員室へと向かった。担任の白井は、事なかれ主義で知られていたが、それでも蓮は一度話してみようと思った。
「いじめのことですか。…うーん、蓮くんがそう思うのは分かる。けど証拠もないし、騒ぎ立てると余計に問題が拗れるからね。」
白井の言葉は蓮が想像した通りだった。
「……先生、見て見ぬふりをしてるんですか。」
そう言った瞬間に職員室の空気が張り詰めた。白井は苦笑しながら言葉を選ぶように言った。
「世の中、理想だけじゃ動かない。分かるだろ。」
蓮は黙って頭を下げ職員室をあとにした。理想だけでは動かない。だが、だからと言って黙る理由にはならない。今の蓮はそう思えるようになっていた。
翌日、蓮と陽菜はまたひとつの行動に出る。紗季に声をかけ、周囲の無視や陰口を記録に残し始めた。事実を罪重ね、言葉ではなく証拠を作る。小さな抵抗だ。だが、その抵抗はいずれ教室に、そして周囲の生徒たちに波紋を広げていく。そう信じていた。予想通り、無関心だったクラスメイトの一部が少しずつ視線を向け始めた。その変化を神谷は黙って見ていた。嘲笑も、挑発もなく、ただただ冷たい目で。やがて、神谷自身の中にある「理由」も少しずつ明らかになることをまだ知らない目で。



