夏休み明け。
新学期が始まった教室は、友達と再会する喜びでどこか浮ついた空気に包まれていた。

ざわめきの中、私は静かに自分の席で窓の外を見ていた。

玲央くんと美咲ちゃんは席替えで遠くの席になった。
2人で嬉しそうに話している様子は、少し離れた場所からでも目に入る。
胸が少しだけ痛んだ。でも、顔には出さない。

私はもう前みたいに2人の近くにはいられない。
自分で決めたことだった。
このまま2人のそばにいれば、また期待して、また傷つく。
そんなこともう繰り返したくなかった。

玲央くんも、美咲ちゃんも、私に声をかけようとしてくれる。
けれど笑ってごまかした。

「ごめん、今ちょっと、用事があって」
「あとでね」

そうやって、少しずつ、少しずつ、距離を取った。

家に帰って机に向かっても、気づけば携帯を見てしまう自分が嫌だった。
何も期待しないって決めたのに。

いつの間にか、2人は私に声をかける頻度を減らしていった。
きっと薄々気づいているのだろう。
私が、もう前と同じように2人の隣で笑えないということに。

ひとりきりで過ごす昼休み。誰にも話しかけられない教室。
寂しさもあるけど不思議と心は少しだけ軽かった。

これでいい。
私はいつものように窓際の席から空を見上げた。高く澄んだ9月の空が広がっていた。



それから私はあっという間に3年生になり、高校最後の1年間は驚くほど静かに、そして足早に過ぎていった。

玲央くんや美咲ちゃんとは、完全に疎遠になったわけではない。
廊下ですれ違えば軽く会釈を交わす。
グループワークで同じチームになれば、必要最低限の会話もした。
でも、それ以上はなかった。

玲央くんに対する淡い気持ちは少しずつ、輪郭を失っていった。
2人と過ごした時間が思い出になっていくのを、私は静かに受け入れた。

秋の文化祭、冬の受験勉強、少しだけ雪の降った大学入試。

あんなに苦しかったのに、振り返れば、それなりに楽しかった。
新しい友達もできた。小さな夢も見つけた。

それでもときどき、ふと玲央くんの背中を探してしまう自分がいて、そんなときは小さく笑って自分をなだめた。

そして、気づけばもう卒業式の日がやってきていた。

教室には、晴れやかな顔をした同級生たちが集まっている。
男子たちはふざけ合い、女子たちは写真を撮り合って、笑い声が絶えなかった。
私もスーツに身を包んだ両親と一緒に、少し緊張しながら校門をくぐった。手に持った花束が、少しだけ震えている。

ちゃんと今日を迎えられたんだ。そう思うと、胸の奥がじんわりと温かくなった。

あんなに苦しかったのに、あんなに泣いたのに、自分はここまで歩いてきた。
大丈夫。私はちゃんと大丈夫だ。胸に小さくそう呟いた。



卒業式が終わった体育館の外は、午後のやわらかな日差しで溢れていた。
校庭には、別れを惜しむ生徒たちの輪がいくつもできている。

泣いている子も、笑っている子も、みんなそれぞれに今日という日を抱きしめていた。

私は、制服のリボンを少し直してから校舎の裏手に回った。
人混みを避けたかったのもあるけれど、最後にこの学校の景色を目に焼き付けておきたかった。

裏庭に咲き始めた小さな菜の花を眺めていると、ふいに足音が聞こえた。
誰か来る。振り返ると、そこにいたのは玲央くんだった。

玲央くんは少し驚いたような表情を浮かべて、すぐに穏やかな笑みで私を見た。
私も、自然に微笑んだ。

何も言葉は交わさなかった。
玲央くんは、小さく頷いた。私も同じように頷き返す。そのまま立ち去っていく彼の背中をしばらく見つめていた。

それだけ。それだけだった。
きっと、これでよかったんだ。私はそっと目を閉じた。涙はもう出ない。

胸の奥が痛くないと言ったら嘘になるけれど、それでも今はちゃんと前を向ける気がした。

玲央くんの背中はもう追いかけない。
もう、頼らない。

それでも。
それでも、君に出会えてよかった。

そんな想いを、春の空にそっと手放して、私は静かに歩き出す。
両親が私を呼ぶ声が聞こえる。春の風が、少しだけ頬を撫でた。