放課後になっても雨は止まなかった。
運動部も今日は体育館で筋トレだろうか。誰もいないグラウンドが濡れて鈍く光っている。
携帯が震えたのは、図書室で勉強するでもなくぼんやりしていた時だった。
「今、ちょっと会えない?」
玲央くんからのメッセージだった。
学校近くの公園にいるという玲央くんの元へ向かう。玲央くんは傘も持たずに、公園の入り口近くの木の下に立っていた。
制服の上に羽織ったパーカーのフードを深くかぶり、雨に濡れた前髪が額に貼りついている。
「玲央くん」
声をかけると、玲央くんはゆっくり顔を上げた。
「……ごめん、急に」
「ううん、いいよ」
震える声で答えると、玲央くんはふっと笑った。その笑顔は、少しだけ悲しそうだ。
玲央くんに自分の傘を差しかけ、雨よけになりそうなドーム型の遊具の中に潜り込む。
狭い空間の中で自然と肩が触れ合い、ドキドキしてしまう。
玲央くんは、静かに口を開いた。
「美咲がくれたペアリング失くしてさ。ここの公園で小学生とキャッチボールした時に落としたと思って探してたけど見つからなくて」
「うん……」
「美咲と、別れるかもしれない」
その言葉に、心臓が跳ねた。でも、顔には出さないように平静を装う。
「そっか……」
かすれた声で答える。
「なんか俺、どうしたらいいかわかんなくなってさ」
玲央くんはぼそりと言った。
「藤井に、会いたくなった」
呼吸が止まった気がした。雨の音が、遠くに霞んでいく。
「なんで、私?」
震えるように問うと、玲央くんは小さく笑った。
「藤井といると、なんか……落ち着くから」
そんな無防備な言葉に、胸がぎゅうっと締めつけられる。
だめだよ、そんなこと言うのは。嬉しいけど、ただの気まぐれでしょ。
自分に言い聞かせる間もなく、玲央くんは私を、ぎゅっと抱き寄せた。
「ちょっとだけ、こうしてていい?」
雨音にかき消されそうな声で玲央くんが囁く。私は何も言えなかった。
ただ玲央くんの温もりと、雨に濡れた冷たい匂いを感じながら、胸の鼓動を止められなかった。
*
玲央くんの腕の中は、思っていたよりもずっと温かかった。雨に濡れた制服越しに体温がじんわりと伝わってくる。
逃げようとすれば逃げられる。でも、動けない。動きたくなかった。
しばらくして体を離した玲央くんは、何も言わなかった。
ただ、私の頭をそっと撫でて、小さくかすれるように息をついた。
「ごめんな」
何に対しての謝罪なのかわからなかった。でも、多分私達2人とも、薄々分かっていた。
これは「友達」の距離じゃない。
肩は触れ合ったままで、玲央くんは離れようとしなかった。
私もまた、目を閉じたまま、彼に身を預けていた。
「遥……」
玲央くんが、私の名前を呼ぶ。たったそれだけで、心臓が締めつけられるようだった。
玲央くんの方を向くと、彼の手がそっと私の頬に触れた。そのまま、顔を両手で包み込む。
私は抵抗しなかった。
そして、ゆっくりと玲央の顔が近づいてきて——
そっと、唇を重ねた。
ぎこちないキスだった。
でもその一瞬で、私の世界はすべて玲央くん一色に塗り替えられてしまったような思いだった。
雨の匂いも、冷たさも、何もかもが遠くに霞んでいく。
玲央くんはすぐに顔を離し、遠慮がちに私を見つめた。
「遥」
「ダメでしょ、こんなの」
何か言おうとする玲央くんの言葉を遮るように私は言葉を絞り出し、良心をかき集めて彼の体を押しやった。
それから、どうやって家まで帰ったか覚えていない。
気づいたら自分の部屋のベットの上、呆然と天井を見上げていた。
運動部も今日は体育館で筋トレだろうか。誰もいないグラウンドが濡れて鈍く光っている。
携帯が震えたのは、図書室で勉強するでもなくぼんやりしていた時だった。
「今、ちょっと会えない?」
玲央くんからのメッセージだった。
学校近くの公園にいるという玲央くんの元へ向かう。玲央くんは傘も持たずに、公園の入り口近くの木の下に立っていた。
制服の上に羽織ったパーカーのフードを深くかぶり、雨に濡れた前髪が額に貼りついている。
「玲央くん」
声をかけると、玲央くんはゆっくり顔を上げた。
「……ごめん、急に」
「ううん、いいよ」
震える声で答えると、玲央くんはふっと笑った。その笑顔は、少しだけ悲しそうだ。
玲央くんに自分の傘を差しかけ、雨よけになりそうなドーム型の遊具の中に潜り込む。
狭い空間の中で自然と肩が触れ合い、ドキドキしてしまう。
玲央くんは、静かに口を開いた。
「美咲がくれたペアリング失くしてさ。ここの公園で小学生とキャッチボールした時に落としたと思って探してたけど見つからなくて」
「うん……」
「美咲と、別れるかもしれない」
その言葉に、心臓が跳ねた。でも、顔には出さないように平静を装う。
「そっか……」
かすれた声で答える。
「なんか俺、どうしたらいいかわかんなくなってさ」
玲央くんはぼそりと言った。
「藤井に、会いたくなった」
呼吸が止まった気がした。雨の音が、遠くに霞んでいく。
「なんで、私?」
震えるように問うと、玲央くんは小さく笑った。
「藤井といると、なんか……落ち着くから」
そんな無防備な言葉に、胸がぎゅうっと締めつけられる。
だめだよ、そんなこと言うのは。嬉しいけど、ただの気まぐれでしょ。
自分に言い聞かせる間もなく、玲央くんは私を、ぎゅっと抱き寄せた。
「ちょっとだけ、こうしてていい?」
雨音にかき消されそうな声で玲央くんが囁く。私は何も言えなかった。
ただ玲央くんの温もりと、雨に濡れた冷たい匂いを感じながら、胸の鼓動を止められなかった。
*
玲央くんの腕の中は、思っていたよりもずっと温かかった。雨に濡れた制服越しに体温がじんわりと伝わってくる。
逃げようとすれば逃げられる。でも、動けない。動きたくなかった。
しばらくして体を離した玲央くんは、何も言わなかった。
ただ、私の頭をそっと撫でて、小さくかすれるように息をついた。
「ごめんな」
何に対しての謝罪なのかわからなかった。でも、多分私達2人とも、薄々分かっていた。
これは「友達」の距離じゃない。
肩は触れ合ったままで、玲央くんは離れようとしなかった。
私もまた、目を閉じたまま、彼に身を預けていた。
「遥……」
玲央くんが、私の名前を呼ぶ。たったそれだけで、心臓が締めつけられるようだった。
玲央くんの方を向くと、彼の手がそっと私の頬に触れた。そのまま、顔を両手で包み込む。
私は抵抗しなかった。
そして、ゆっくりと玲央の顔が近づいてきて——
そっと、唇を重ねた。
ぎこちないキスだった。
でもその一瞬で、私の世界はすべて玲央くん一色に塗り替えられてしまったような思いだった。
雨の匂いも、冷たさも、何もかもが遠くに霞んでいく。
玲央くんはすぐに顔を離し、遠慮がちに私を見つめた。
「遥」
「ダメでしょ、こんなの」
何か言おうとする玲央くんの言葉を遮るように私は言葉を絞り出し、良心をかき集めて彼の体を押しやった。
それから、どうやって家まで帰ったか覚えていない。
気づいたら自分の部屋のベットの上、呆然と天井を見上げていた。
