金曜日の放課後、昇降口の前で、玲央くんと美咲ちゃんが言い合っている場面に出くわした。
いつもなら、遠慮がちにじゃれ合うような2人が、今日は本気で怒鳴り合っていた。

「なんで、そんなこと言うの!? 玲央はわたしのことなんかどうでもいいんでしょ!」

美咲ちゃんの声が、校舎に響く。何事かと周りの生徒の視線が集まる。
玲央くんは顔をしかめたまま、言葉を選びあぐねるように口を開いた。

「違うって言ってんだろ。でも、俺ばっかり合わせてんの、正直、疲れるんだよ……」

私は思わず靴箱の陰に隠れて、2人の様子をそっと見守った。

足が動かなかった。何もできない。いや、何もしてはいけない。
だけど、胸が痛い。

「……もういい」

美咲ちゃんがぽつりと呟き、きびすを返して走り去った。
玲央くんは追いかけるでもなく、ただその場に立ち尽くしている。
夕陽に染まった廊下に、玲央くんの影が長く伸びていた。

その時、こちらに視線を向けた玲央くんと目が合ってしまう。
玲央くんは、まっすぐ私のほうへ歩いてくる。

「見てた?」

照れ隠しみたいに苦笑しながら言う。
私は、胸が締め付けられる思いで静かに頷いた。

「……喧嘩、しちゃったんだね」
「うん」

玲央くんは、靴箱にもたれかかりながら、ぽつりとこぼした。

「たぶん……もうダメかも」

その一言が、心に鋭く突き刺さる。

「美咲、俺にはちょっと、重たすぎたのかもな」

玲央くんはどこか遠くを見るような目をしている。その横顔がやけに脆くて悲しかった。
玲央くんのこんな顔、見たくなかった。そう思うのに——

別れてしまえばいい。
同時に心のどこかで、密かに震えるような期待を感じていた。

2人が別れれば、もしかして。そんな思いが、確かに芽吹き始めていた。



窓の外は朝からずっと雨だった。
昼休みになった途端、玲央くんは気まずそうにさっさと教室を出ていってしまう。
玲央くんがいなくなったのを見計らい、前の席の美咲ちゃんが私の方を振り返る。

「遥、気づいてると思うけど、玲央と喧嘩しちゃった」
「うん……様子変だなって思ってた」

昨日私がその場に居合わせていたことは、美咲ちゃんは気付いていないようだった。

「玲央、わたしがバイト代貯めて買ったペアリング失くしたちゃったんだって。わたしのことどうでもいいからだよね」
「うーん、うっかりすることもあるし、イコール好きじゃないとかどうでもいいには直結しないと思うよ」
「そうかなあ」
美咲ちゃんは納得できない様子で窓の外を眺めている。
自分の中に答えがあるなら私に聞いてこないでよ。さっさと別れたらいいのに。そう叫びたくなる心を必死で抑えていた。