ある日の昼休み。校庭のベンチで、私は美咲ちゃんと並んでお弁当を食べていた。
春の風が、私達の髪を優しく揺らす。
ふと美咲ちゃんが、ちょっと照れたように切り出した。
「ねえ、遥ちゃん。わたし玲央のこと1年の頃から好きなんだ」
私は一瞬、驚きに目を見開いた。美咲ちゃんの頬が赤く染まっているのを見て、胸がきゅっと痛む。
「そっか、いいと思うよ。玲央くん優しいしね」
笑ってそう言いながら、私は自分の中に生まれようとしていた小さな想いを、そっと胸の奥にしまい込もうと決めた。
大丈夫。まだ気付かれてない。私だって、まだ気付きたくなかったよ。
春の光の中、私は空を見上げた。
遠くで鳥が鳴いている。校舎の窓に光がきらきらと反射している。
何でもない、だけどかけがえのない、そんな時間が確かにそこにあった。
*
放課後の商店街は、制服姿の学生達で賑わっていた。パン屋の前に長い列ができ、ファストフード店では部活帰りの子たちが笑い合っている。
その賑やかな空気の中を、私は美咲ちゃんと玲央くんと3人で並んで歩いていた。
「ここのクレープ、めっちゃ美味しいらしいよ!」
美咲ちゃんが楽しそうに声を上げ、玲央くんと私を引っ張る。
玲央くんは苦笑いしながら美咲ちゃんを追い、私も少し遅れてついていく。
「玲央、何にする?」
「じゃあ、チョコバナナ」
「えー、子供っぽーい!」
「うるせえ」
2人のじゃれあう声を、私は静かに見つめた。その輪の中に自然に入れない自分が、少しだけ遠くに感じる。
「遥ちゃんは? 何食べる?」
美咲ちゃんが振り返る。その明るさに、私は小さく笑って首を振った。
「ううん、大丈夫。あんまりお腹空いてないし」
「そっかー。じゃあ今度ね!」
手にクレープを持った2人が並んで歩き出す。私はその後ろを歩いていく。
しばらく歩いていると、美咲ちゃんがふとスマホを取り出し、あっと声を上げた。
「やば、バイト先から連絡来てる! ごめん、ちょっと先行くね!」
そう言って美咲ちゃんはバタバタと走り去っていき、私は玲央くんと2人きりになってしまった。
気まずい空気が流れるかと思ったけれど、いつの間にか隣を歩いている玲央くんはいつも通りだった。
「……なあ、藤井」
「ん?」
「ちょっと、相談していい?」
その言葉に、心臓が小さく跳ねた。玲央くんの横顔は、夕陽に染まってやけに綺麗に見える。
「うん、なんでも言って」
精一杯、平然を装った声。
「——俺、気になる子がいるんだ」
ふいに聞かされた言葉に、私は一瞬、足を止めかけた。
気になる子。それは、もしかしたら——
「そうなんだ。誰?」
喉が少しだけ詰まりながら、尋ねる。玲央くんは少し照れくさそうに笑った。
「まだ、ちゃんとは言えないけどさ。話してると楽しくて、つい目で追っちまう」
「……そっか」
私は、ぎゅっとカバンの紐を握りしめた。自分じゃないって分かっているのに、心のどこかで期待していることが、情けなかった。
でも、笑わなきゃ。
「応援するよ。玲央くん、いい子見つけたんだね」
できるだけ明るい声で言った。玲央くんは少しだけ照れたように笑い、それからふっと目を細めた。
「ありがとう、藤井。お前やっぱりいいやつだな」
その言葉が、やけに優しくて。それがまた、私の胸を少しだけ痛くさせた。
応援したいと思う。その気持ちは嘘じゃない。玲央くんが好きになった子なら、私も大事に思いたい。
それから分かれ道に出るまで、夕陽に照らされた道を私達は静かに歩き続けた。
*
週明けの教室。春の陽射しが窓から降りそそぎ、いつもの何気ない昼休みの光景が広がっていた。
私は自分の席に座って、教室の隅で話し込んでいる玲央くんと美咲ちゃんの様子を眺めていた。
楽しそうに笑い合う2人。玲央くんが、美咲ちゃんの顔をじっと見つめながら何かを話している。嬉しそうな玲央くんの表情に、私はふと気づいてしまう。
——話してると楽しくて、つい目で追っちまう。
玲央くんが言っていた言葉そのままだった。胸の奥が、ひりひりと焼けるように痛んだ。
……ああ、そうなんだ。言葉にするまでもなく、分かってしまった。
玲央くんの「気になる子」は、美咲ちゃんだったんだ。
分かっていたつもりだった。うすうす、勘づいていたはずだった。
それなのに。実際に目の当たりにすると、こんなにも苦しいんだ。
カバンの中の水筒を取り出すふりをして、そっと視線をそらす。
応援するって言ったじゃん。自分に言い聞かせるように、心の中でつぶやいた。
応援するって決めた。玲央くんが好きな人のことも、大事に思える自分でいたいって決めたつもりだった。
なのにどうしてこんなにも心がざわつくんだろう。
チャイムが鳴り、昼休みが終わる。
教壇に立った先生の声に押されるように私はペンを握りしめ、ノートに視線を落とした。黒板に書かれる文字がぼやける。
頑張れ、私。
小さな声で、心の中でつぶやいた。
何も知らないふりをして。何も傷ついていないふりをして。今日も、隣の席で笑うんだ。
春の風が、私達の髪を優しく揺らす。
ふと美咲ちゃんが、ちょっと照れたように切り出した。
「ねえ、遥ちゃん。わたし玲央のこと1年の頃から好きなんだ」
私は一瞬、驚きに目を見開いた。美咲ちゃんの頬が赤く染まっているのを見て、胸がきゅっと痛む。
「そっか、いいと思うよ。玲央くん優しいしね」
笑ってそう言いながら、私は自分の中に生まれようとしていた小さな想いを、そっと胸の奥にしまい込もうと決めた。
大丈夫。まだ気付かれてない。私だって、まだ気付きたくなかったよ。
春の光の中、私は空を見上げた。
遠くで鳥が鳴いている。校舎の窓に光がきらきらと反射している。
何でもない、だけどかけがえのない、そんな時間が確かにそこにあった。
*
放課後の商店街は、制服姿の学生達で賑わっていた。パン屋の前に長い列ができ、ファストフード店では部活帰りの子たちが笑い合っている。
その賑やかな空気の中を、私は美咲ちゃんと玲央くんと3人で並んで歩いていた。
「ここのクレープ、めっちゃ美味しいらしいよ!」
美咲ちゃんが楽しそうに声を上げ、玲央くんと私を引っ張る。
玲央くんは苦笑いしながら美咲ちゃんを追い、私も少し遅れてついていく。
「玲央、何にする?」
「じゃあ、チョコバナナ」
「えー、子供っぽーい!」
「うるせえ」
2人のじゃれあう声を、私は静かに見つめた。その輪の中に自然に入れない自分が、少しだけ遠くに感じる。
「遥ちゃんは? 何食べる?」
美咲ちゃんが振り返る。その明るさに、私は小さく笑って首を振った。
「ううん、大丈夫。あんまりお腹空いてないし」
「そっかー。じゃあ今度ね!」
手にクレープを持った2人が並んで歩き出す。私はその後ろを歩いていく。
しばらく歩いていると、美咲ちゃんがふとスマホを取り出し、あっと声を上げた。
「やば、バイト先から連絡来てる! ごめん、ちょっと先行くね!」
そう言って美咲ちゃんはバタバタと走り去っていき、私は玲央くんと2人きりになってしまった。
気まずい空気が流れるかと思ったけれど、いつの間にか隣を歩いている玲央くんはいつも通りだった。
「……なあ、藤井」
「ん?」
「ちょっと、相談していい?」
その言葉に、心臓が小さく跳ねた。玲央くんの横顔は、夕陽に染まってやけに綺麗に見える。
「うん、なんでも言って」
精一杯、平然を装った声。
「——俺、気になる子がいるんだ」
ふいに聞かされた言葉に、私は一瞬、足を止めかけた。
気になる子。それは、もしかしたら——
「そうなんだ。誰?」
喉が少しだけ詰まりながら、尋ねる。玲央くんは少し照れくさそうに笑った。
「まだ、ちゃんとは言えないけどさ。話してると楽しくて、つい目で追っちまう」
「……そっか」
私は、ぎゅっとカバンの紐を握りしめた。自分じゃないって分かっているのに、心のどこかで期待していることが、情けなかった。
でも、笑わなきゃ。
「応援するよ。玲央くん、いい子見つけたんだね」
できるだけ明るい声で言った。玲央くんは少しだけ照れたように笑い、それからふっと目を細めた。
「ありがとう、藤井。お前やっぱりいいやつだな」
その言葉が、やけに優しくて。それがまた、私の胸を少しだけ痛くさせた。
応援したいと思う。その気持ちは嘘じゃない。玲央くんが好きになった子なら、私も大事に思いたい。
それから分かれ道に出るまで、夕陽に照らされた道を私達は静かに歩き続けた。
*
週明けの教室。春の陽射しが窓から降りそそぎ、いつもの何気ない昼休みの光景が広がっていた。
私は自分の席に座って、教室の隅で話し込んでいる玲央くんと美咲ちゃんの様子を眺めていた。
楽しそうに笑い合う2人。玲央くんが、美咲ちゃんの顔をじっと見つめながら何かを話している。嬉しそうな玲央くんの表情に、私はふと気づいてしまう。
——話してると楽しくて、つい目で追っちまう。
玲央くんが言っていた言葉そのままだった。胸の奥が、ひりひりと焼けるように痛んだ。
……ああ、そうなんだ。言葉にするまでもなく、分かってしまった。
玲央くんの「気になる子」は、美咲ちゃんだったんだ。
分かっていたつもりだった。うすうす、勘づいていたはずだった。
それなのに。実際に目の当たりにすると、こんなにも苦しいんだ。
カバンの中の水筒を取り出すふりをして、そっと視線をそらす。
応援するって言ったじゃん。自分に言い聞かせるように、心の中でつぶやいた。
応援するって決めた。玲央くんが好きな人のことも、大事に思える自分でいたいって決めたつもりだった。
なのにどうしてこんなにも心がざわつくんだろう。
チャイムが鳴り、昼休みが終わる。
教壇に立った先生の声に押されるように私はペンを握りしめ、ノートに視線を落とした。黒板に書かれる文字がぼやける。
頑張れ、私。
小さな声で、心の中でつぶやいた。
何も知らないふりをして。何も傷ついていないふりをして。今日も、隣の席で笑うんだ。
