二七年前――。
「かか!このお魚さん、たくさんひれがある!」
幼い娘は母親に分かりやすく、一匹の魚を指さした。
「これはね、シーラカンスというお魚だよ」
「シーラカンス?」
母親の口から出た魚の名前に、娘は不思議そうな表情を浮かべて聞き返した。
すると母親は、優しく娘を膝の上に乗せて説明を始めた。
「シーラカンスは、恐竜が生まれる前から存在しているお魚で、私たちの祖先かもしれないと言われているのよ」
「わぁ!すごい!」
娘は母親の話を聞いて、興味津々でその説明に引き込まれていった。
「ねぇ、アオ」
「なぁに?」
「アオは大きくなったら、何になりたい?」
母親は娘に優しく微笑みながら問いかけた。
「ん~」
娘は母親の問いに少し考え込み、笑顔で答えた。
「大きくなったら、お母さんみたいにお魚博士になりたい!そして、大きな水族館を作るんだ!」
「おぉ!それなら、たくさん勉強しないといけないね」
母親は娘を抱きしめ、娘も嬉しそうに笑顔を浮かべた。
現在――。
あの戦いの後、救援に来たセイルがエンヴィーを追ったが、捕まえることはできなかった。昨晩の出来事を目撃した者も多く、俺とセイルは目撃者の記憶を一人ずつ消去し、何もなかったかのようにした。しかし、エンヴィーの炎によって焼かれたアオの家は、ひどい有様になっていた。
「……」
「アオ」
呼びかけても彼女は反応しない。
「アオ」
「あ、あぁ。セラ……ごめん。何か用?」
「俺のせいだ……お前の大事な家を」
「謝ることはないよ……セラは私を守るために必死だった。そのおかげで私も生きている」
アオは心配をかけまいと平常心を保とうとするが、その声には少し悲しみが滲んでいた。俺はそんな彼女を見たくない。彼女には笑っていてほしい。
「アオ、俺がこの家を直す」
「えっ?でもこの状態じゃ……」
「大丈夫だ、全部元通りにする」
俺は焼き焦げた家の床に術式を展開し、アオの記憶を元にこの家を復元するために、『時戻り』を使った。本来ならば、小さな物や乗り物などに使う魔術なのだが、大きな物でも問題ないはずだ。
集中し、まるで積み木を積み上げるような感覚で、家を復元していく。
「はぁ…はぁ…出来た」
しかし、なんだこの魔力の消費量は。以前使った時はこんなはずじゃなかった。対象物の大きさと魔力の消費は比例しないはずなのに。俺は魔力切れのせいで視界が真っ暗になった。
「わぁっ…す、凄い!ってセラぁ!?」
アオは倒れたセラを見て、急いで駆け寄った。
「セラ!大丈夫!?セラ!」
アオはセラの身体を揺すったが、反応はなかった。
「そいつは魔力切れで気を失っているだけだ」
「え……」
アオは男の声に反応し、そこにはセイルが呆れた様子で現れた。セイルはため息をつきながら、セラに近づき、ゆっくりと肩を持った。
「お前がコイツの番か?名前は?」
「うん、私は深海アオ」
「そうか…。俺はセイル・オフィラス。とりあえず、こいつをお前の家で休ませてくれ」
セイルがそう言うと、アオはすぐに二人を家の中に招き入れた。
「よいっと!」
「あっ、ちょ!?」
気を失っているセラを軽々とソファに投げた。
「安心しろ。こいつは気を失っても常に防御術を張っているから、こんなことで怪我はしない」
「だからって投げることは……」
アオはセイルの行動に呆れたが、セイルの言葉とセラの様子を見て少し安心した。
アオはセイルを椅子に座るよう促し、セイルは椅子に腰を下ろした。
「番になって間もないくせに、無理に『時戻り』なんか使うから…」
「あの、あなたとセラの関係は?」
アオはセイルにセラとの関係性を尋ねると、セイルは二人の関係について答えた。
「俺とこいつは幼なじみだ」
「幼なじみ…」
「堅物で女とも遊んだことなんてなかったこいつが、会って間もないお前のためにここまでするなんて、よっぽど気に入られているんだな」
セイルの言葉に、アオは少しだけ恥ずかしそうな表情を見せる。
「まぁ、せっかくだし!今回の件もあるし、セラが子供だった頃の話でも聞くか?」
「何それ、むっちゃ聞きたい!」
喰いついてきたアオをみたセイルは企んだ笑みを浮かべ、彼女にセラの幼少期の話を始めた。
百二十年前――。
あれは確か、俺たちがまだ八歳の頃だ。
「んぐぅ……ひっぐ」
「こんなところにいたのかよ」
「セイルぅ……」
子どもの頃のアイツは、泣き虫だった。
「お前の家に行ったら、ミテラさんが心配してたぞ」
「……」
「話は聞いてやるから、出て来いよ」
俺がそう言って促すと、セラはゆっくりと木の幹の穴から出てきた。
「ひどい顔だな、何があったんだよ」
セラは涙で顔がぐしゃぐしゃになり、喋るのも聞き取りづらくなっていた。
「うっぐ、ひっぐ……とと様の修行で……ひっぐ、僕がとと様に言われたことができなかったからぁ……ひっぐ、怒られた」
「……なぁーんだ、いつものことかよ」
セラの父親は族長で、シーラカンス族の中で最強の戦士とも言われていた。
そんな父親を持つセラは毎日修行をしていたが、うまくいかず。
度々家を飛び出しては、親友の俺が探しに行くことがあった。
まぁ……あの時も案の定いつものことで、俺は呆れてしまった。
呆れるものの、このままだと母親のミテラさんが心配してしまう。
俺は、どうにかセラを前向きにさせようと、彼に尋ねてみた。
「お前さ、何のために修行してるの?」
「それは……族長になるため」
「違う、そんなのはインディルさんに言われたことだろ?お前自身のことを聞いているんだよ」
「そ、それは……」
セラはモジモジしながら考え込み、そして答えた。
「強くなりたい、とと様みたいに……」
「なら、何をしなければならない?」
「修行……でも」
セラは修行に対して否定的に答えた。
そんなセラに俺は苛立ってしまったのか、あいつの胸倉を掴んで、つい怒ってしまった。
「そんなに修行から逃げて、どうやって強くなるんだよ!強くなりたきゃ、修行をするしかねぇんだよ!それに、強さには簡単な近道なんてない!お前が一番分かってるだろ!」
「……セイル」
「それに、俺だって強くなりたい。なぁ、セラ。俺たち強くなって、二人で戦士になろうぜ……そしてあの七戦士になって、この海全体に俺たちの名を響かせるんだ!」
セラは再び泣きそうになるものの、そんな俺を見て堪えたんだ。
「……うん、僕……修行頑張るよ!」
「よし!その意気だ!じゃあ、さっそく戻って修行しようぜ!」
「うん」
現在に戻って――。
「ってなわけよ!あいつ、本当に泣き虫で大変だったんだぜ?」
「まぁ、あのセラが泣き虫だったなんて想像できないけど……それよりも、君たちが百年以上生きていることの方が驚きなんだけど?君ら二人、いくつなの?」
アオがセイルに年齢を尋ねると、セイルは自信満々で答えた。
「セラと俺は今年で百二十八歳だ」
「はぁぁぁ!?あっ、ちょっとそれを詳しく聞かせて!」
アオの食い気味な様子にセイルは少し引いたが、セイルは会話を続けた。
二人が話をすればするほど盛り上がり、二人の会話を聞いていたのか、セラがゆっくりと目を覚ました。
アオの記憶の中で見た天井……そうか、復元が成功したんだな。
「……」
「お?やっと起きたか」
声の方を向けば、アオとセイルの姿があった。俺がソファから起き上がると、セイルがニヤニヤしながら近づき、耳打ちで話しかけてきた。
「お前、中々良い女を見つけたな!」
「良い女って……まさか!アオ!」
セイルの言葉に一瞬嫌な予感がし、アオに確認してみると、アオは動揺した俺を見て不思議そうな表情を浮かべた。
「セラ、私とセイルは君が気絶している間、ただ話をしていただけだよ」
「お前、勘違いしてねぇか?流石に俺でも番になっている女には手を出さねぇよ」
冷静に考えてみれば、セイルは酷いことをするような奴ではない。俺がアオを思うあまり、つい焦ってしまったのだ。
「すまなかった」
「初めての女だから、取られたくない気持ちは分からなくもないが、ほどほどにしとけよ」
「……善処する」
そう答えると、セイルは「さて、俺も番を探さなきゃな」と言って、アオの家から出て行った。
「セイル、中々面白い人だったなぁ」
「まぁ、あいつは昔から種族に関係なく接することができたからな」
「それに、セラの面白い話も聞けたし!」
アオはニシシと何かを知ったかのような素振りを見せた。
「俺の面白い話?…まさかあいつ!?アオ!あいつから何を聞いたんだ!」
「教えなーい!」
そう言って、悪戯好きな子どものように満面の笑みを浮かべた瞬間、アオは俺に抱き着いてきた。
「つ!?」
アオの思いがけない行動に、俺は一瞬声を飲み込んでしまった。
彼女は優しく俺の腰に手を回し、穏やかに話し始めた。
「私の家を元通りにしてくれてありがとう」
アオのその言葉は、まるで天にも昇るような心地だった。
彼女を抱きしめ返したい気持ちがある一方で、彼女に対する感情が大きすぎて、俺はどうにか保とうとしていた。
「ア、アオ……そろそろ離れてくれないか?」
「あ、ごめん!」
アオはすぐに離れてくれたおかげで、俺の理性はどうにか抑えることができた。
「セラ、大丈夫?」
「だ、大丈夫だ」
心配そうに見つめる彼女がなんとも可愛らしい……。そもそも、俺がここまで異性に対して感情を顕にしたのは初めてのことだ。こんな気持ちにずっと浸っていたいが、そろそろアオに伝えなければならないことがある。
「アオ、お前に話さなきゃいけないことがある」
「何?」
アオは俺の番になった以上、これからはアトランティスで暮らさなければならない。俺は彼女にそのことを伝えるため、一呼吸おいて真剣に話した。
「アオ、俺たちは番になった。それは一心同体とも言える状態だ。そこで、アトランティスへ一緒に来てもらいたいんだ。来てくれるか?」
「!?」
アオは俺の言葉に驚き、何故か走って二階の自室へ向かった。
そして、再び降りてきた彼女の手にはリュックと本が抱えられていた。
「あーあ…昨日から色々あったけど、まさか本当にアトランティスに行けるなんて!」
「ってことは……アオ……お前」
アオは俺の目の前で本や着替えを素早く詰め込んでいく。
荷物の準備が出来たのか、彼女は手を止めて俺を真っ直ぐ見つめた。
「あぁ、もちろん私もセラと一緒に行くよ!アトランティス」
アオは力強く応えてくれた。
「しかし、俺と一緒に行くことは、一生アトランティスから陸に帰れなくなる可能性もある。それでも…」
「あー!自分から誘っておいてそんなこと言うの?」
アオは溜息をつき、呆れた表情を浮かべる。
「生憎、私はそんな小さなことを気にしていないよ。むしろ、陸より海が好きだから、君は余計な心配をしなくてもいい」
「アオ…」
「それに!新種の生き物に会えると思うだけで……ん~!心が躍るねぇ~!」
研究者の性なのだろうか?アオは自身の身が危うくなっても『ただ調べてみたい』その気持ちだけでアトランティスに行くと言ってるのだから、ある意味末恐ろしい。
普通の人間なら恐らくは一回は断るはずなのに、彼女は即答してきたのだ。
「あっ、セラ!アトランティスへ行く前にさ、叔母さんの家に行ってもいい?」
「急いではいないからな別に構わない。寧ろ親族がいるなら、会ったほうがいい」
「叔母さんに、電話で話してくる!」
アオはそう言ってアオはリビングから出て行った。
しかし、アオの親族に会うのか……この姿のままだとまずいな。
今の姿だとかなり目立つ、魔術で陸の人間の姿になるように耳鰭と尾鰭を隠さないとな。
俺はどんな姿になるか考えたがイメージが沸かず、悩んでいたら机の上にあった一冊の本が目に入った。
その本はやたら絵や文字が派手に書かれており、手に取って読んでみると、文字は読めないが絵のおかげで大体は分かった。
「どうやら、この本は服を紹介する本だな……男の奴もあるみたいだな」
パラパラめくれば、参考するには丁度ものがあり、俺は魔術で姿を変えた。
「セラ!いく……んぇ!?」
丁度戻ってきたアオは、俺の姿をみて豆鉄砲でも食らったような顔になった。
「どうしたアオ?」
「いや、どうしたって……耳鰭と尾鰭がない!」
アオは俺の鰭を確認するため、俺の周りをぐるぐるとまわった。
「魔術で隠しただけだ、流石に鰭がある格好じゃ目立つし、怪しまれるからな」
「怪しまれるどころか、高身長でイケメン、女性が好むような筋肉質な姿。モデルでもやればモテルよ君」
見上げてこちらを見るアオの頭を、俺は優しく撫でた。
「モデルになる?意味が分からないな。それに俺は、番のお前以外の女には興味がない」
「っ……相変わらず君ってやつは…」
彼女は急に頬を染め、恥ずかしいのかそっぽを向いてしまった。
「叔母さんが来ても大丈夫って言ってたから、ほら行くよ!」
アオは俺の手を引き、そのまま家をでた。
「かか!このお魚さん、たくさんひれがある!」
幼い娘は母親に分かりやすく、一匹の魚を指さした。
「これはね、シーラカンスというお魚だよ」
「シーラカンス?」
母親の口から出た魚の名前に、娘は不思議そうな表情を浮かべて聞き返した。
すると母親は、優しく娘を膝の上に乗せて説明を始めた。
「シーラカンスは、恐竜が生まれる前から存在しているお魚で、私たちの祖先かもしれないと言われているのよ」
「わぁ!すごい!」
娘は母親の話を聞いて、興味津々でその説明に引き込まれていった。
「ねぇ、アオ」
「なぁに?」
「アオは大きくなったら、何になりたい?」
母親は娘に優しく微笑みながら問いかけた。
「ん~」
娘は母親の問いに少し考え込み、笑顔で答えた。
「大きくなったら、お母さんみたいにお魚博士になりたい!そして、大きな水族館を作るんだ!」
「おぉ!それなら、たくさん勉強しないといけないね」
母親は娘を抱きしめ、娘も嬉しそうに笑顔を浮かべた。
現在――。
あの戦いの後、救援に来たセイルがエンヴィーを追ったが、捕まえることはできなかった。昨晩の出来事を目撃した者も多く、俺とセイルは目撃者の記憶を一人ずつ消去し、何もなかったかのようにした。しかし、エンヴィーの炎によって焼かれたアオの家は、ひどい有様になっていた。
「……」
「アオ」
呼びかけても彼女は反応しない。
「アオ」
「あ、あぁ。セラ……ごめん。何か用?」
「俺のせいだ……お前の大事な家を」
「謝ることはないよ……セラは私を守るために必死だった。そのおかげで私も生きている」
アオは心配をかけまいと平常心を保とうとするが、その声には少し悲しみが滲んでいた。俺はそんな彼女を見たくない。彼女には笑っていてほしい。
「アオ、俺がこの家を直す」
「えっ?でもこの状態じゃ……」
「大丈夫だ、全部元通りにする」
俺は焼き焦げた家の床に術式を展開し、アオの記憶を元にこの家を復元するために、『時戻り』を使った。本来ならば、小さな物や乗り物などに使う魔術なのだが、大きな物でも問題ないはずだ。
集中し、まるで積み木を積み上げるような感覚で、家を復元していく。
「はぁ…はぁ…出来た」
しかし、なんだこの魔力の消費量は。以前使った時はこんなはずじゃなかった。対象物の大きさと魔力の消費は比例しないはずなのに。俺は魔力切れのせいで視界が真っ暗になった。
「わぁっ…す、凄い!ってセラぁ!?」
アオは倒れたセラを見て、急いで駆け寄った。
「セラ!大丈夫!?セラ!」
アオはセラの身体を揺すったが、反応はなかった。
「そいつは魔力切れで気を失っているだけだ」
「え……」
アオは男の声に反応し、そこにはセイルが呆れた様子で現れた。セイルはため息をつきながら、セラに近づき、ゆっくりと肩を持った。
「お前がコイツの番か?名前は?」
「うん、私は深海アオ」
「そうか…。俺はセイル・オフィラス。とりあえず、こいつをお前の家で休ませてくれ」
セイルがそう言うと、アオはすぐに二人を家の中に招き入れた。
「よいっと!」
「あっ、ちょ!?」
気を失っているセラを軽々とソファに投げた。
「安心しろ。こいつは気を失っても常に防御術を張っているから、こんなことで怪我はしない」
「だからって投げることは……」
アオはセイルの行動に呆れたが、セイルの言葉とセラの様子を見て少し安心した。
アオはセイルを椅子に座るよう促し、セイルは椅子に腰を下ろした。
「番になって間もないくせに、無理に『時戻り』なんか使うから…」
「あの、あなたとセラの関係は?」
アオはセイルにセラとの関係性を尋ねると、セイルは二人の関係について答えた。
「俺とこいつは幼なじみだ」
「幼なじみ…」
「堅物で女とも遊んだことなんてなかったこいつが、会って間もないお前のためにここまでするなんて、よっぽど気に入られているんだな」
セイルの言葉に、アオは少しだけ恥ずかしそうな表情を見せる。
「まぁ、せっかくだし!今回の件もあるし、セラが子供だった頃の話でも聞くか?」
「何それ、むっちゃ聞きたい!」
喰いついてきたアオをみたセイルは企んだ笑みを浮かべ、彼女にセラの幼少期の話を始めた。
百二十年前――。
あれは確か、俺たちがまだ八歳の頃だ。
「んぐぅ……ひっぐ」
「こんなところにいたのかよ」
「セイルぅ……」
子どもの頃のアイツは、泣き虫だった。
「お前の家に行ったら、ミテラさんが心配してたぞ」
「……」
「話は聞いてやるから、出て来いよ」
俺がそう言って促すと、セラはゆっくりと木の幹の穴から出てきた。
「ひどい顔だな、何があったんだよ」
セラは涙で顔がぐしゃぐしゃになり、喋るのも聞き取りづらくなっていた。
「うっぐ、ひっぐ……とと様の修行で……ひっぐ、僕がとと様に言われたことができなかったからぁ……ひっぐ、怒られた」
「……なぁーんだ、いつものことかよ」
セラの父親は族長で、シーラカンス族の中で最強の戦士とも言われていた。
そんな父親を持つセラは毎日修行をしていたが、うまくいかず。
度々家を飛び出しては、親友の俺が探しに行くことがあった。
まぁ……あの時も案の定いつものことで、俺は呆れてしまった。
呆れるものの、このままだと母親のミテラさんが心配してしまう。
俺は、どうにかセラを前向きにさせようと、彼に尋ねてみた。
「お前さ、何のために修行してるの?」
「それは……族長になるため」
「違う、そんなのはインディルさんに言われたことだろ?お前自身のことを聞いているんだよ」
「そ、それは……」
セラはモジモジしながら考え込み、そして答えた。
「強くなりたい、とと様みたいに……」
「なら、何をしなければならない?」
「修行……でも」
セラは修行に対して否定的に答えた。
そんなセラに俺は苛立ってしまったのか、あいつの胸倉を掴んで、つい怒ってしまった。
「そんなに修行から逃げて、どうやって強くなるんだよ!強くなりたきゃ、修行をするしかねぇんだよ!それに、強さには簡単な近道なんてない!お前が一番分かってるだろ!」
「……セイル」
「それに、俺だって強くなりたい。なぁ、セラ。俺たち強くなって、二人で戦士になろうぜ……そしてあの七戦士になって、この海全体に俺たちの名を響かせるんだ!」
セラは再び泣きそうになるものの、そんな俺を見て堪えたんだ。
「……うん、僕……修行頑張るよ!」
「よし!その意気だ!じゃあ、さっそく戻って修行しようぜ!」
「うん」
現在に戻って――。
「ってなわけよ!あいつ、本当に泣き虫で大変だったんだぜ?」
「まぁ、あのセラが泣き虫だったなんて想像できないけど……それよりも、君たちが百年以上生きていることの方が驚きなんだけど?君ら二人、いくつなの?」
アオがセイルに年齢を尋ねると、セイルは自信満々で答えた。
「セラと俺は今年で百二十八歳だ」
「はぁぁぁ!?あっ、ちょっとそれを詳しく聞かせて!」
アオの食い気味な様子にセイルは少し引いたが、セイルは会話を続けた。
二人が話をすればするほど盛り上がり、二人の会話を聞いていたのか、セラがゆっくりと目を覚ました。
アオの記憶の中で見た天井……そうか、復元が成功したんだな。
「……」
「お?やっと起きたか」
声の方を向けば、アオとセイルの姿があった。俺がソファから起き上がると、セイルがニヤニヤしながら近づき、耳打ちで話しかけてきた。
「お前、中々良い女を見つけたな!」
「良い女って……まさか!アオ!」
セイルの言葉に一瞬嫌な予感がし、アオに確認してみると、アオは動揺した俺を見て不思議そうな表情を浮かべた。
「セラ、私とセイルは君が気絶している間、ただ話をしていただけだよ」
「お前、勘違いしてねぇか?流石に俺でも番になっている女には手を出さねぇよ」
冷静に考えてみれば、セイルは酷いことをするような奴ではない。俺がアオを思うあまり、つい焦ってしまったのだ。
「すまなかった」
「初めての女だから、取られたくない気持ちは分からなくもないが、ほどほどにしとけよ」
「……善処する」
そう答えると、セイルは「さて、俺も番を探さなきゃな」と言って、アオの家から出て行った。
「セイル、中々面白い人だったなぁ」
「まぁ、あいつは昔から種族に関係なく接することができたからな」
「それに、セラの面白い話も聞けたし!」
アオはニシシと何かを知ったかのような素振りを見せた。
「俺の面白い話?…まさかあいつ!?アオ!あいつから何を聞いたんだ!」
「教えなーい!」
そう言って、悪戯好きな子どものように満面の笑みを浮かべた瞬間、アオは俺に抱き着いてきた。
「つ!?」
アオの思いがけない行動に、俺は一瞬声を飲み込んでしまった。
彼女は優しく俺の腰に手を回し、穏やかに話し始めた。
「私の家を元通りにしてくれてありがとう」
アオのその言葉は、まるで天にも昇るような心地だった。
彼女を抱きしめ返したい気持ちがある一方で、彼女に対する感情が大きすぎて、俺はどうにか保とうとしていた。
「ア、アオ……そろそろ離れてくれないか?」
「あ、ごめん!」
アオはすぐに離れてくれたおかげで、俺の理性はどうにか抑えることができた。
「セラ、大丈夫?」
「だ、大丈夫だ」
心配そうに見つめる彼女がなんとも可愛らしい……。そもそも、俺がここまで異性に対して感情を顕にしたのは初めてのことだ。こんな気持ちにずっと浸っていたいが、そろそろアオに伝えなければならないことがある。
「アオ、お前に話さなきゃいけないことがある」
「何?」
アオは俺の番になった以上、これからはアトランティスで暮らさなければならない。俺は彼女にそのことを伝えるため、一呼吸おいて真剣に話した。
「アオ、俺たちは番になった。それは一心同体とも言える状態だ。そこで、アトランティスへ一緒に来てもらいたいんだ。来てくれるか?」
「!?」
アオは俺の言葉に驚き、何故か走って二階の自室へ向かった。
そして、再び降りてきた彼女の手にはリュックと本が抱えられていた。
「あーあ…昨日から色々あったけど、まさか本当にアトランティスに行けるなんて!」
「ってことは……アオ……お前」
アオは俺の目の前で本や着替えを素早く詰め込んでいく。
荷物の準備が出来たのか、彼女は手を止めて俺を真っ直ぐ見つめた。
「あぁ、もちろん私もセラと一緒に行くよ!アトランティス」
アオは力強く応えてくれた。
「しかし、俺と一緒に行くことは、一生アトランティスから陸に帰れなくなる可能性もある。それでも…」
「あー!自分から誘っておいてそんなこと言うの?」
アオは溜息をつき、呆れた表情を浮かべる。
「生憎、私はそんな小さなことを気にしていないよ。むしろ、陸より海が好きだから、君は余計な心配をしなくてもいい」
「アオ…」
「それに!新種の生き物に会えると思うだけで……ん~!心が躍るねぇ~!」
研究者の性なのだろうか?アオは自身の身が危うくなっても『ただ調べてみたい』その気持ちだけでアトランティスに行くと言ってるのだから、ある意味末恐ろしい。
普通の人間なら恐らくは一回は断るはずなのに、彼女は即答してきたのだ。
「あっ、セラ!アトランティスへ行く前にさ、叔母さんの家に行ってもいい?」
「急いではいないからな別に構わない。寧ろ親族がいるなら、会ったほうがいい」
「叔母さんに、電話で話してくる!」
アオはそう言ってアオはリビングから出て行った。
しかし、アオの親族に会うのか……この姿のままだとまずいな。
今の姿だとかなり目立つ、魔術で陸の人間の姿になるように耳鰭と尾鰭を隠さないとな。
俺はどんな姿になるか考えたがイメージが沸かず、悩んでいたら机の上にあった一冊の本が目に入った。
その本はやたら絵や文字が派手に書かれており、手に取って読んでみると、文字は読めないが絵のおかげで大体は分かった。
「どうやら、この本は服を紹介する本だな……男の奴もあるみたいだな」
パラパラめくれば、参考するには丁度ものがあり、俺は魔術で姿を変えた。
「セラ!いく……んぇ!?」
丁度戻ってきたアオは、俺の姿をみて豆鉄砲でも食らったような顔になった。
「どうしたアオ?」
「いや、どうしたって……耳鰭と尾鰭がない!」
アオは俺の鰭を確認するため、俺の周りをぐるぐるとまわった。
「魔術で隠しただけだ、流石に鰭がある格好じゃ目立つし、怪しまれるからな」
「怪しまれるどころか、高身長でイケメン、女性が好むような筋肉質な姿。モデルでもやればモテルよ君」
見上げてこちらを見るアオの頭を、俺は優しく撫でた。
「モデルになる?意味が分からないな。それに俺は、番のお前以外の女には興味がない」
「っ……相変わらず君ってやつは…」
彼女は急に頬を染め、恥ずかしいのかそっぽを向いてしまった。
「叔母さんが来ても大丈夫って言ってたから、ほら行くよ!」
アオは俺の手を引き、そのまま家をでた。
