「柊さん」

 僕が名前を呼ぶと、彼女の肩が、ほんのわずかに震えた。
 僕は、一度、乾いた唇を舐めた。

「俺が、ずっと言えなかったこと……。高校の時……お前が、文芸部室に置いていった、あの原稿のことだ」

 その言葉を口にした瞬間、彼女の瞳が大きく見開かれ、息をのむ気配が伝わってきた。やはり、彼女も分かっていたのだ。僕たちが、ずっとこの話題から目を逸らし続けてきたことを。

「あの時、俺は……」

 続けようとした言葉が、喉の奥でつかえる。そうだ、あの時のことだ。あの、全てが変わってしまった日の記憶。西日が差し込む、埃っぽい部室。机の上に残された、数枚の原稿用紙。タイトルは、『虚ろな舟』。