浅川の土手に吹き付ける風は、もうすっかり冬の匂いを帯びている。対岸に見える家々の窓には、ちらほらと温かな明かりが灯り始めていた。川面は、西に傾いた太陽の最後の光を反射して、鈍い金色に揺らめいている。僕は、コートの襟を立て、ポケットに手を突っ込んだまま、その光景をただ、ぼんやりと眺めていた。
心臓が、やけにうるさく脈打っている。今日のために、どれだけ覚悟を決めてきたつもりだったか。美咲先輩の言葉、橘さんの静かな眼差し、そして、自分自身の、変わりたいという切実な願い。それら全てを背負って、僕はここに立っているはずなのに。いざ、その時が近づくと、足が竦むような、逃げ出したくなるような衝動が、腹の底から込み上げてくる。
何を、どう切り出すべきか。頭の中が、真っ白になる。あれほど、伝えたい言葉を準備してきたはずなのに。橘さんの言葉、美咲先輩の言葉を何度も反芻したはずなのに。いざ彼女を目の前にすると、全ての言葉が意味を失い、ただ空転するばかりだ。
沈黙が、痛いほど重くのしかかる。風が吹き抜け、近くの木々の葉が、カサカサと乾いた音を立てた。もうすぐ、冬が来る。
「あの」
先に口を開いたのは、僕だったのか、それとも彼女だったのか。ほとんど、同時だったような気がする。僕たちは、互いに顔を見合わせ、そしてすぐに視線を逸らした。
「先輩から、どうぞ」
雪乃が、小さな声で言った。
僕は、一つ、深く息を吸い込んだ。冷たい空気が、肺腑にしみる。覚悟を決めなければならない。ここで、また逃げるわけにはいかないのだ。隣に座る雪乃の気配が、やけに強く感じられる。彼女の視線は、まだ僕には向けられていない。膝の上で固く組まれた指先を、じっと見つめている。
「あのさ」
声が、掠れた。僕は、一度咳払いをして、言葉を続けた。喉が、乾いてひりつくようだ。
「まず……謝りたくて」
雪乃の肩が、ほんのわずかに、ぴくりと動いたのが分かった。
「喫茶店でのことも……高校での集まりの時も……。そして、それよりも、もっと前のこと……。ずっと、言えなかったこと。それで……柊さんを、傷つけたこと。本当に……ごめん」
頭を下げる。けれど、彼女からの反応はない。ただ、沈黙が重く垂れ込める。顔を上げると、彼女は依然として俯いたままだった。長い睫毛が、影を落としている。
「俺は……」
言葉が、続かない。何を、どう言えばいい? 頭の中で何度も繰り返したはずの言葉は、いざとなると、まるでパズルのピースのように散らばって、形を結ばない。
当たり障りのない会話。けれど、その一言を交わすことすら、今の僕たちにはひどく難しいことのように思えた。
僕は、意を決して、彼女に向き直った。彼女の、黒曜石のような瞳を、真っ直ぐに見つめ返す。その瞳の奥に、期待と、不安と、そして深い諦めのような色が、複雑に揺らめいているのが見えた。
心臓が、やけにうるさく脈打っている。今日のために、どれだけ覚悟を決めてきたつもりだったか。美咲先輩の言葉、橘さんの静かな眼差し、そして、自分自身の、変わりたいという切実な願い。それら全てを背負って、僕はここに立っているはずなのに。いざ、その時が近づくと、足が竦むような、逃げ出したくなるような衝動が、腹の底から込み上げてくる。
何を、どう切り出すべきか。頭の中が、真っ白になる。あれほど、伝えたい言葉を準備してきたはずなのに。橘さんの言葉、美咲先輩の言葉を何度も反芻したはずなのに。いざ彼女を目の前にすると、全ての言葉が意味を失い、ただ空転するばかりだ。
沈黙が、痛いほど重くのしかかる。風が吹き抜け、近くの木々の葉が、カサカサと乾いた音を立てた。もうすぐ、冬が来る。
「あの」
先に口を開いたのは、僕だったのか、それとも彼女だったのか。ほとんど、同時だったような気がする。僕たちは、互いに顔を見合わせ、そしてすぐに視線を逸らした。
「先輩から、どうぞ」
雪乃が、小さな声で言った。
僕は、一つ、深く息を吸い込んだ。冷たい空気が、肺腑にしみる。覚悟を決めなければならない。ここで、また逃げるわけにはいかないのだ。隣に座る雪乃の気配が、やけに強く感じられる。彼女の視線は、まだ僕には向けられていない。膝の上で固く組まれた指先を、じっと見つめている。
「あのさ」
声が、掠れた。僕は、一度咳払いをして、言葉を続けた。喉が、乾いてひりつくようだ。
「まず……謝りたくて」
雪乃の肩が、ほんのわずかに、ぴくりと動いたのが分かった。
「喫茶店でのことも……高校での集まりの時も……。そして、それよりも、もっと前のこと……。ずっと、言えなかったこと。それで……柊さんを、傷つけたこと。本当に……ごめん」
頭を下げる。けれど、彼女からの反応はない。ただ、沈黙が重く垂れ込める。顔を上げると、彼女は依然として俯いたままだった。長い睫毛が、影を落としている。
「俺は……」
言葉が、続かない。何を、どう言えばいい? 頭の中で何度も繰り返したはずの言葉は、いざとなると、まるでパズルのピースのように散らばって、形を結ばない。
当たり障りのない会話。けれど、その一言を交わすことすら、今の僕たちにはひどく難しいことのように思えた。
僕は、意を決して、彼女に向き直った。彼女の、黒曜石のような瞳を、真っ直ぐに見つめ返す。その瞳の奥に、期待と、不安と、そして深い諦めのような色が、複雑に揺らめいているのが見えた。
