そして、運命の土曜日がやってきた。空は、冬の訪れを感じさせる、高く澄み渡った青空だった。けれど、僕の心は、鉛色の雲に覆われているかのようだ。重い足取りで、僕は八王子の街を歩き、約束の時間よりも少し早く、橘書店の前に着いた。
　店の古びた看板が、午後の柔らかい日差しを浴びて、静かにたたずんでいる。ショーウィンドウには、様々なジャンルの本が並べられ、道行く人が時折、足を止めて眺めている。僕が初めてこの店を訪れたのは、いつだっただろうか。高校生の頃か。あの頃は、まさか自分がこんな気持ちで、この店の前に立つことになるとは、想像もしていなかった。
　約束の三時まで、まだ十分ほどある。店の前を行ったり来たりしながら、僕は落ち着きなく時間を潰した。心臓が、早鐘のように鳴っている。手のひらに、じっとりと汗が滲む。伝えたい言葉は、頭の中で何度も繰り返した。けれど、それがちゃんと口から出てくるかどうか、全く自信がない。

　ふと、通りの向こうから、見慣れた姿が歩いてくるのが見えた。 柊 雪乃。 今日は、高校の制服ではなく、白いニットに、淡いグレーのロングスカートという、少し大人びた服装だった。けれど、その足取りはどこか硬く、表情も緊張しているように見える。彼女もまた、僕と同じように、この再会に覚悟を決めて臨んでいるのかもしれない。
　彼女が、僕の存在に気づき、立ち止まる。視線が、数メートル先で交差する。僕は、息を飲んだ。彼女の瞳は、やはり綺麗だ。けれど、その奥には、僕には窺い知ることのできない、深い翳りのようなものが宿っている気がした。
　彼女が、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。カツ、カツ、というヒールの音が、やけに大きく聞こえる。僕たちの間に流れる、張り詰めた空気。それは、単なる再会の緊張感だけではない、もっと深く、もっと重い何かを含んでいた。

　僕の目の前で、彼女は立ち止まった。

「先輩」

　その声は、小さく、そして微かに震えているように聞こえた。午後の日差しが彼女の黒髪を縁取り、白いニットに柔らかな陰影を落としている。最後に会った図書館前や、高校での再会の時よりも、さらに張り詰めた空気を纏っているように見えた。僕と同じように、彼女もまた、この時間に何か、特別な意味を感じているのかもしれない。