『別に、謝ることじゃないと思いますけど。……私も、最近は全然、人の小説、読めてないので』
その言葉に、僕は安堵と、そしてわずかな驚きを感じた。彼女も、読めていない? 作家である彼女が? それは、彼女が抱える苦悩の一端を、図らずも示しているのかもしれない。
『それより、先輩はどうして、最近本を読んでないんですか? 忙しいんですか?』
彼女からの、初めての、僕自身への問いかけ。僕は、それにどう答えるべきか、少し迷った。本当の理由――書けなくなったこと、言葉から逃げていたこと――を話すわけにはいかない。
『まあ、色々とな。大学の勉強とか、バイトとか……。言い訳だけど』
そう打ちながら、僕は美咲先輩のアドバイスを思い出していた。肩の力を抜いて、普通の話を。そうだ、ここからだ。
『良かったら、今度、久しぶりに橘書店でも行かない? あそこなら、落ち着いて本も選べるし。……カルヴィーノの話とか、またできたら嬉しいんだけど』
送信ボタンを押す指は、今までで一番、重かったかもしれない。これは、明確な誘いだ。断られる可能性の方が高いだろう。それでも、僕は、ただメッセージを交換しているだけでは何も変わらないと思ったのだ。僕は、彼女ともう一度、向き合って話がしたかった。あの頃のように、隣に座って、言葉を交わし合いたかったのだ。
息を詰めて、返事を待つ。一秒が、途方もなく長く感じられる。スマートフォンの画面だけが、暗い部屋の中で冷たい光を放っている。
ピコン。
通知音。僕は、画面に表示された返信を、食い入るように見つめた。
『橘書店……懐かしいですね。……いいですよ。いつにしますか?』
その返信を見た瞬間、僕は息を飲んだ。全身の血が、一度引いて、そして猛烈な勢いで逆流するような感覚。安堵、そして、これから起こるであろうことへの、身震いするほどの緊張感。様々な感情が一気に押し寄せ、僕はしばらくの間、スマートフォンの画面をただ見つめることしかできなかった。
その言葉に、僕は安堵と、そしてわずかな驚きを感じた。彼女も、読めていない? 作家である彼女が? それは、彼女が抱える苦悩の一端を、図らずも示しているのかもしれない。
『それより、先輩はどうして、最近本を読んでないんですか? 忙しいんですか?』
彼女からの、初めての、僕自身への問いかけ。僕は、それにどう答えるべきか、少し迷った。本当の理由――書けなくなったこと、言葉から逃げていたこと――を話すわけにはいかない。
『まあ、色々とな。大学の勉強とか、バイトとか……。言い訳だけど』
そう打ちながら、僕は美咲先輩のアドバイスを思い出していた。肩の力を抜いて、普通の話を。そうだ、ここからだ。
『良かったら、今度、久しぶりに橘書店でも行かない? あそこなら、落ち着いて本も選べるし。……カルヴィーノの話とか、またできたら嬉しいんだけど』
送信ボタンを押す指は、今までで一番、重かったかもしれない。これは、明確な誘いだ。断られる可能性の方が高いだろう。それでも、僕は、ただメッセージを交換しているだけでは何も変わらないと思ったのだ。僕は、彼女ともう一度、向き合って話がしたかった。あの頃のように、隣に座って、言葉を交わし合いたかったのだ。
息を詰めて、返事を待つ。一秒が、途方もなく長く感じられる。スマートフォンの画面だけが、暗い部屋の中で冷たい光を放っている。
ピコン。
通知音。僕は、画面に表示された返信を、食い入るように見つめた。
『橘書店……懐かしいですね。……いいですよ。いつにしますか?』
その返信を見た瞬間、僕は息を飲んだ。全身の血が、一度引いて、そして猛烈な勢いで逆流するような感覚。安堵、そして、これから起こるであろうことへの、身震いするほどの緊張感。様々な感情が一気に押し寄せ、僕はしばらくの間、スマートフォンの画面をただ見つめることしかできなかった。
