それだけだった。絵文字もなければ、特に感情が込められているようにも見えない、どこまでもフラットな文面。けれど、無視されたわけではない。拒絶されたわけでもない。彼女は、僕のメッセージを読み、そして、返事をくれたのだ。
「よかった……」
安堵のため息と共に、全身の力が抜けていくのを感じた。僕は、その場にへなへなと座り込みそうになるのを、かろうじて堪えた。まだ、何も解決したわけではない。むしろ、ここからが始まりなのだ。
僕は、再び画面を見つめた。彼女の短い返信を、何度も何度も読み返す。元気ですよ。先輩も、お元気そうで。この言葉の裏に、どんな感情が隠されているのだろうか。社交辞令か。それとも、ほんの少しの、関心か。読み取ることはできない。
でも、会話は、続いている。繋がっている。それだけで、今は十分だった。 美咲先輩のアドバイスを思い出す。
「楽しい話題」「共通の話題」。そうだ、ここからだ。
僕は、再びメッセージの入力欄に指を置いた。今度は、先ほどのような躊躇いは、少しだけ薄れていた。
『それなら良かった。この間、高校で会った時、少し顔色が悪かった気がしたから、ちょっと気になってた』
少し踏み込みすぎただろうか。いや、でも、心配しているという気持ちは、伝えてもいいはずだ。そして、共通の話題。僕たちが、高校時代、飽きもせずに語り合ったこと。
『そういえば、最近、何か面白い本読んだ? 俺は最近、全然読めてなくて。もしおすすめとかあったら教えてほしいんだけど』
送信ボタンを押した後、僕はスマートフォンの画面を凝視したまま、息を詰めていた。今度のメッセージは、単なる挨拶ではない。僕たちの過去の共有体験――本についての会話――という、より個人的な領域に踏み込んでいる。そして、彼女の作家としての現在にも、間接的に触れている。この問いかけが、彼女の心を再び閉ざさせてしまう可能性だって、十分にあるのだ。
また、あの鉛のように重い沈黙の時間が訪れるのではないか。そんな不安が、胸の中に冷たく広がっていく。テーブルに置かれたスマートフォンが、まるで僕の不安を映し出す鏡のように、ただ黒く光っている。
しかし、今回は、予想よりもずっと早く、画面が明るくなった。ピコン、という軽やかな通知音。僕は、反射的に画面を覗き込んだ。
『本、ですか。最近は、あまり新しいものは読めてないですけど……。少し前に読んだ、カルヴィーノの『見えない都市』は、面白かったです。先輩は、読んだことありますか?』
彼女の返信は、やはりどこか事務的で、感情の色は薄い。けれど、前回よりも少しだけ、文章に温度が感じられるような気がした。そして、質問で返してきた。
『先輩は、読んだことありますか?』
これは、会話を続けようという意思の表れだと、信じてもいいのだろうか。
僕は、少しだけ震える指で、返信を打ち始めた。
『カルヴィーノ! 懐かしいな。『見えない都市』、俺も大好きだよ。特に、あの、記憶だけで出来た都市の話とか……。でも、最近は本当に読めてなくて。特に、小説は……』
そこまで打って、僕は指を止めた。小説は読めていない、と正直に書くべきか? それは、暗に彼女の作品も読んでいない、と告白するようなものではないか? いや、でも、ここで嘘をついても意味がない。正直に、今の自分を伝えるしかないのだ。
『特に、小説は、何だか読むのが怖くて。柊さんの本も、まだ……ごめん』
送信する。罪悪感と、これでまた彼女を不快にさせたのではないかという不安が押し寄せる。けれど、もう嘘はつきたくなかった。
数秒の沈黙。既読の表示はすぐについた。そして、返信。
『……そうですか』
その一言だけだった。やはり、傷つけたのだろうか。あるいは、呆れられたのか。胸が、冷たく締め付けられる。
だが、すぐに、次のメッセージが表示された。
「よかった……」
安堵のため息と共に、全身の力が抜けていくのを感じた。僕は、その場にへなへなと座り込みそうになるのを、かろうじて堪えた。まだ、何も解決したわけではない。むしろ、ここからが始まりなのだ。
僕は、再び画面を見つめた。彼女の短い返信を、何度も何度も読み返す。元気ですよ。先輩も、お元気そうで。この言葉の裏に、どんな感情が隠されているのだろうか。社交辞令か。それとも、ほんの少しの、関心か。読み取ることはできない。
でも、会話は、続いている。繋がっている。それだけで、今は十分だった。 美咲先輩のアドバイスを思い出す。
「楽しい話題」「共通の話題」。そうだ、ここからだ。
僕は、再びメッセージの入力欄に指を置いた。今度は、先ほどのような躊躇いは、少しだけ薄れていた。
『それなら良かった。この間、高校で会った時、少し顔色が悪かった気がしたから、ちょっと気になってた』
少し踏み込みすぎただろうか。いや、でも、心配しているという気持ちは、伝えてもいいはずだ。そして、共通の話題。僕たちが、高校時代、飽きもせずに語り合ったこと。
『そういえば、最近、何か面白い本読んだ? 俺は最近、全然読めてなくて。もしおすすめとかあったら教えてほしいんだけど』
送信ボタンを押した後、僕はスマートフォンの画面を凝視したまま、息を詰めていた。今度のメッセージは、単なる挨拶ではない。僕たちの過去の共有体験――本についての会話――という、より個人的な領域に踏み込んでいる。そして、彼女の作家としての現在にも、間接的に触れている。この問いかけが、彼女の心を再び閉ざさせてしまう可能性だって、十分にあるのだ。
また、あの鉛のように重い沈黙の時間が訪れるのではないか。そんな不安が、胸の中に冷たく広がっていく。テーブルに置かれたスマートフォンが、まるで僕の不安を映し出す鏡のように、ただ黒く光っている。
しかし、今回は、予想よりもずっと早く、画面が明るくなった。ピコン、という軽やかな通知音。僕は、反射的に画面を覗き込んだ。
『本、ですか。最近は、あまり新しいものは読めてないですけど……。少し前に読んだ、カルヴィーノの『見えない都市』は、面白かったです。先輩は、読んだことありますか?』
彼女の返信は、やはりどこか事務的で、感情の色は薄い。けれど、前回よりも少しだけ、文章に温度が感じられるような気がした。そして、質問で返してきた。
『先輩は、読んだことありますか?』
これは、会話を続けようという意思の表れだと、信じてもいいのだろうか。
僕は、少しだけ震える指で、返信を打ち始めた。
『カルヴィーノ! 懐かしいな。『見えない都市』、俺も大好きだよ。特に、あの、記憶だけで出来た都市の話とか……。でも、最近は本当に読めてなくて。特に、小説は……』
そこまで打って、僕は指を止めた。小説は読めていない、と正直に書くべきか? それは、暗に彼女の作品も読んでいない、と告白するようなものではないか? いや、でも、ここで嘘をついても意味がない。正直に、今の自分を伝えるしかないのだ。
『特に、小説は、何だか読むのが怖くて。柊さんの本も、まだ……ごめん』
送信する。罪悪感と、これでまた彼女を不快にさせたのではないかという不安が押し寄せる。けれど、もう嘘はつきたくなかった。
数秒の沈黙。既読の表示はすぐについた。そして、返信。
『……そうですか』
その一言だけだった。やはり、傷つけたのだろうか。あるいは、呆れられたのか。胸が、冷たく締め付けられる。
だが、すぐに、次のメッセージが表示された。
