終わった。いや、始まったのだ。 僕は、スマートフォンをテーブルの上にそっと置いた。まるで、不安定な爆発物を扱うかのように。指先が、まだ微かに震えている。心臓は、高校での再会の時よりも、さらに激しく、不規則に脈打っている。全身から、どっと汗が噴き出すような感覚。そして、遅れてやってきたのは、猛烈な、息苦しいほどの不安だった。

 読んでくれるだろうか。 読んで、どう思うだろうか。 無視されたら? あるいは、冷たく突き放されたら? もう二度と、彼女と言葉を交わすことはできなくなるかもしれない。

 次から次へと、ネガティブな想像が、暗い波のように頭の中を駆け巡る。部屋の静寂が、その不安をさらに増幅させるようだった。僕は、たまらなくなって椅子から立ち上がり、狭い部屋の中を無意味に歩き始めた。落ち着かない。じっとしていられない。窓の外の、見慣れたはずの八王子の夜景が、今はひどく遠く、現実感のないもののように見える。

 テーブルの上に置かれたスマートフォンが、まるで時限爆弾のように思えた。画面は暗いままだ。通知を示すランプも点灯しない。時間が、異常なほどゆっくりと流れていく。一秒が、一分のように長く感じられる。壁の時計の秒針の音だけが、カチ、カチ、と無機質に響き、僕の焦りを掻き立てる。

 どれくらいの時間が経っただろうか。五分か。十分か。あるいは、三十分か。もはや時間の感覚は曖昧だった。後悔が、じわじわと胸の中に広がってくる。やはり、送るべきではなかったのかもしれない。余計なことをして、彼女をまた不快にさせてしまっただけかもしれない。

 諦めてシャワーでも浴びようか、と思った、まさにその瞬間。
 ピコン、と。 静寂を破る、軽やかな電子音。
 心臓が、喉元まで跳ね上がった。僕は、文字通り飛びつくようにして、テーブルの上のスマートフォンを掴んだ。画面には、待ち望んでいた、そして恐れていた名前が表示されている。

 柊 雪乃。

 息を詰めて、通知を開く。震える指で、画面をタップする。そこに表示されていたのは、僕の予想よりもずっと、短い返信だった。

『ご無沙汰してます。元気ですよ。先輩も、お元気そうで』