「おい、佐伯? 大丈夫か?」

 不意に、隣から伊藤の声がして、僕ははっと我に返った。いつの間にか、僕は文集のページを凝視したまま、完全に意識を過去へと飛ばしていたらしい。顔を上げると、他のメンバーも、高橋先生も、心配そうな、あるいは訝しげな表情で僕を見ている。

「あ……いや、悪い。ちょっと、昔のこと思い出して……」

  僕は、慌てて取り繕うように笑った。けれど、その笑顔はきっと、ひどく引きつっていたに違いない。
 顔が、まだ火照っている。背中には、冷たい汗が流れていた。あの回想は、今でも僕の心身に、これほど強い影響を及ぼすのだ。

「そっか。まあ、色々あったもんな、高校時代は」

 鈴木が、妙にしんみりとした口調で言った。いつもはお調子者の彼が、僕のただならぬ様子に何かを感じ取ったのかもしれない。 「そうだな」僕は、それ以上言葉を続けることができなかった。

 文集は、やがて他のメンバーの手にも渡り、ページがめくられるたびに、懐かしむ声や、照れ笑いが起こった。けれど、僕にはもう、その内容に集中することはできなかった。頭の中は、先ほどの鮮烈な回想と、そして目の前にいる雪乃への、どうしようもなく複雑な感情でいっぱいだった。彼女もまた、僕と同じように、あるいは僕とは違う形で、この過去の遺物を前にして、何かを感じているのだろうか。彼女の表情を盗み見たい衝動に駆られたが、怖くてできなかった。

 会がお開きになり、先生を見送った後、僕たちは視聴覚室の簡単な片付けを始めた。その時、ほんの数分間だけ、僕と雪乃は二人きりになった。他の三人が、先生から借りた鍵を返しに職員室へ行ったのだ。気まずい沈黙が、埃っぽい部屋に落ちる。窓から差し込む西日が、床に長い影を落としていた。夕暮れの光は、なぜかいつも、過去の記憶を感傷的に彩る。