その笑顔は、以前よりもさらに薄く、脆く見えた。誰もが称賛する華やかな成功の裏側で、彼女がどれほどの重圧と孤独を抱えているのか。その一端を、僕だけが知っているような気がして、胸が締め付けられた。

「そういえばさ」

 不意に、佐藤が思い出したように言った。

「さっき部室の奥の棚、整理してたら、昔の文集、出てきたんだよね。高橋先生の退職祝いに、何か当時の思い出の品でもって思って探してたら」

 ――文集。その言葉に、僕と雪乃の肩が、同時に微かに揺れた気がした。

「うわ、懐かしい! あの手書きのやつだろ?」

 鈴木が、テーブルに乗り出すようにして声を上げる。

「俺、確か、わけわかんないポエム書いた記憶があるわ! 黒歴史!」
「あったあった!」

 伊藤も笑いながら冊子を覗き込む。

「俺は、好きな映画のレビューみたいなの書いたっけな。今読むと、超恥ずかしいやつだろ、絶対」

 高橋先生も、老眼鏡をかけ直し、懐かしそうにその冊子に目を細めている。

「ほう、これは……。君たちの代の文集か。いやあ、懐かしいな。どれ、少し見せてもらってもいいかね?」
「はい、先生に見ていただこうと思って」

 佐藤は、少しはにかみながら、先生に文集を手渡した。

 先生が、ゆっくりとページをめくり始める。その指先が、僕たちの名前が印刷されたページで止まるたびに、僕は息を詰めた。自分の書いた文章が、今、この場で、みんなの目に晒される。それは、まるで裸で衆目に晒されるような、耐え難い羞恥心を伴う感覚だった。書くことをやめた今の僕にとって、過去の自分の言葉は、あまりにも未熟で、痛々しく、そして滑稽にすら思えた。

「おお、これは佐伯の……。『灰色の街』か。うん、覚えてるぞ。君らしい、少し感傷的で、でも情景描写が綺麗だった作品だ」

 先生は、僕の方を見て穏やかに言った。 僕は、顔が熱くなるのを感じながら、「いや、もう、そんな……」と口ごもるしかなかった。