「佐伯は、今どうしてるんだ? あの名門大学で何か書いてるのか?」

 鈴木が、再び僕に話を振った。悪気はないのだろう。けれど、その問いは、僕の胸の傷口に塩を塗り込むようなものだった。

「いや、俺はもう、全然書いてないよ。普通に、大学で経済の勉強してるだけ。授業についてくの必死……」

 僕は、努めて平静を装って答えた。雪乃が、僕の言葉をどんな表情で聞いているのか、怖くて見ることができなかった。

「へえ、そうなんだ。なんか意外だな」

 鈴木は、少し驚いたように言った。

「じゃあ、柊さんの本とか読んでるのか? 最新作、読んだ?」
「あ、ああ……。まあ、一応……」
 
 僕は、口ごもりながら嘘をついた。まだ、読めていない。彼女の世界に触れるのが、怖いのだ。

「どうだった?」
「すごい、と思うよ。やっぱり」

 それ以上、言葉が続かなかった。僕の嘘は、きっと彼らにも、そして雪乃にも、見透かされているだろう。

 雪乃の番になると、みんなが期待の眼差しを向けた。

「次回作、楽しみにしてるよ!」

 佐藤が言う。

「サイン、今度ちょうだいね! メルカリで高く売るから!」

 伊藤が、いつもの調子で茶化す。
 雪乃は、困ったように、しかしどこかビジネススマイルのようなものを浮かべて、「ありがとうございます。頑張ります」と答えるだけだった。