「まあまあ」

 高橋先生が、咳払いをして場を和ませるように口を挟んだ。

「確かに、君たち二人がいた頃は、文芸部としても一番充実していたかもしれないなあ。互いに刺激し合って、素晴らしい作品をたくさん書いていた。……柊さんのデビューが決まった時は、本当に自分のことのように嬉しかったし……」

 先生は、雪乃の方へ優しい視線を向けた。

「そして、佐伯。君が書くのをやめたと聞いた時は、正直、驚いたし、残念にも思ったよ。君にも、確かな才能があったからね。君の書く、あの少し翳りのある、でもどこか優しい世界観が好きだったんだがなあ」

 先生の、何の悪意もない、純粋な称賛の言葉が、僕の胸に鈍い痛みとなって突き刺さる。
 才能。僕が、向き合うことから逃げ続けてきたもの。僕が、彼女の前で、最も触れられたくない言葉。

「いえ、俺には、才能なんて……ありませんでしたから」

  かろうじて、僕はそう答えた。声が、自分でも分かるほど弱々しく震えていた。
 雪乃が、ぴくりと肩を揺らし、僕の方を一瞬だけ見たような気がした。だが、すぐに視線は床へと落とされる。その伏せられた睫毛の影が、やけに濃く見えた。

「まあ、道は一つじゃないからねぇー」

 先生は、僕の言葉を否定も肯定もせず、ただ穏やかに言った。

「君たちが、それぞれの場所で、自分らしい人生を歩んでくれれば、それが一番だ」

 その言葉が、今の僕には、遠い理想のようにしか聞こえなかった。自分らしい人生。今の僕に、そんなものがあるのだろうか。