濃紺のコートの襟を立て、白いマフラーに顔を半分埋めている。
 最後に会った図書館前よりも、さらに大人びて、どこか近寄りがたい、洗練された雰囲気を纏っているように見えた。
 けれど、部屋に入ってきた瞬間の、その黒曜石のような瞳に、ほんの一瞬、戸惑いのような色が浮かんだのを、僕は見逃さなかった。僕の存在に気づいたのだろう。

「柊さん、久しぶり!」

 鈴木が、大きな声で呼びかける。

「ご無沙汰してます、先生。皆さん」

  雪乃は、一瞬だけ僕の方に視線を向けたが、すぐに逸らし、他の先輩メンバーと先生に向かって、丁寧すぎるほど深く頭を下げた。その動作が、彼女と僕たちの間に存在する、見えない壁を象徴しているように思えた。

 彼女は、部屋の暖かさに気づいたのか、あるいは少し落ち着こうとしたのか、無言でコートの前ボタンを外し始めた。滑らかな動きでコートを脱ぐと、その下には、僕たちの記憶にあるものと寸分違わない、見慣れた、記憶に新しい高校の制服が現れた。
 白いブラウスに、チェック柄のスカート。それは、彼女が今もまだ、僕と同じ地平にいるはずの「高校生」であることを、残酷なまでに示していた。作家・柊雪乃という、遠い世界の存在のように感じていた彼女が、急に生身の、そして僕よりも年下の少女として、僕の目の前に立ち現れた気がした。そのアンバランスさが、僕の心を妙にかき乱す。

 僕の隣の席が空いていたが、彼女はそこには座らず、少し離れた佐藤の隣に腰を下ろした。
 小さな椅子がきしむ音が、妙に大きく部屋に響いた。重苦しい、というほどではない。けれど、明らかにぎこちなさが漂っている。僕と雪乃の間に流れる、この不自然な空気に、他の三人も、そしておそらくは高橋先生も、気づかないはずはなかった。