約束の土曜日の午後、僕は数年ぶりに母校の校門をくぐった。記憶の中にあるよりも、校舎は少し古びて、くすんで見えた。けれど、土曜の午後の静けさの中に響く、遠くグラウンドから聞こえる運動部の掛け声や、窓から見える教室の風景は、驚くほど変わっていなかった。時間が止まったような、あるいは、自分だけが違う時間を迷い込んできたかのような、奇妙な感覚に襲われる。足音が、やけに大きく響いた。

 待ち合わせ場所は、旧館にある、今はほとんど使われていない視聴覚室だった。重い鉄製のドアを開けると、埃っぽい空気と、少しカビ臭いような匂いが鼻をついた。壁には色褪せた世界地図や、いつのものか分からない古い映画のポスターが貼られている。窓際のカーテンは閉じられ、部屋の中は薄暗い。その中央に置かれた長机を囲んで、すでに懐かしい顔ぶれが集まっていた。

「お、佐伯! 遅かったな!」

 最初に声をかけてきたのは、やはり鈴木だった。彼は高校時代と変わらず、人懐っこい笑顔で手を振っている。その隣では、伊藤がスマートフォンをいじりながら、片手を上げて「よお」とぶっきらぼうに挨拶した。
 クールな皮肉屋に見えて、根は優しいやつだ。その向かいには、佐藤が静かに微笑んで座っていた。彼女は当時から物静かな読書家で、今は都内の大学で日本文学を専攻していると聞いている。

 そして、彼らの中心には、穏やかな笑顔を浮かべた高橋先生が座っていた。白髪は増え、顔の皺も深くなった気がするが、その優しい眼差しは少しも変わっていない。

「先生、ご無沙汰してます。この度は、おめでとうございます。……そして、長年、お疲れ様でした」

 僕は、用意してきた小さな花束と、みんなで選んだ記念品――万年筆だったか――を差し出した。

「いやいや、ありがとう。佐伯、元気そうじゃないか。みんなにこうして集まってもらえて、本当に嬉しいよ」

  先生は、感慨深げに目を細め、僕の肩を軽く叩いた。

 僕が席に着くと、ちょうど入れ替わるように、最後の一人が部屋に入ってきた。

 ――柊 雪乃。