橘さんの言葉は、古書のインクの匂いのように、静かに、しかし深く僕の心に染み込んできた。そうだ。僕は、書くことから逃げた。でも、言葉から逃げることはできないのだ。僕自身の人生のために、僕は言葉を探し、選び、そして紡ぎ続けなければならない。

「ありがとうございます、橘さん。少し……覚悟ができました」

 僕の声は、まだ少し掠れていたけれど、そこには先ほどまでなかったはずの、微かな芯のようなものが通っている気がした。

「そうですか。……まあ、難しく考えすぎることはない。君の、正直な言葉で話せばいいんですよ。きっと、伝わるはずですから」

 橘さんは、そう言って、ふっと、本当に微かに口元を緩めた。