あの書店での、不意の邂逅から数日が過ぎた。
 季節は、確実に晩秋から初冬へと移り変わろうとしている。

 大学のキャンパスを覆っていた銀杏の葉は、そのほとんどが地面を黄金色に埋め尽くし、枝々は寒々しい冬の空へと突き出すように伸びていた。世界の色彩は容赦なく移ろうというのに、僕の心象風景だけは、あの日以来、鈍い鉛色に塗り込められたままだった。

 講義は相変わらず上の空だった。ノートに書き留めたのは意味をなさない記号の羅列ばかり。

 中村が隣で何か話しかけてきた気もするが、内容はほとんど覚えていない。ただ、彼の屈託のない声が、今の僕にはひどく遠い世界の響きのように感じられた。 心ここにあらず、という状態が続いていた。胸の中に、常に何かがつかえているような不快感。それは、雪乃への複雑な感情なのか、自分自身への不甲斐なさなのか、あるいは、動き出してしまった過去への戸惑いなのか。

 自分でもよく分からなかった。ただ、このままではいけない、という焦燥感だけが、日増しに強くなっていくのを感じていた。

 そんな鬱々とした気分でスマホを眺めていた、昼休みのベンチ。枯葉が風に舞うのを、ただぼんやりと目で追っていた時だった。ポケットの中で、スマートフォンが一度だけ短く震えた。取り出して画面を見ると、そこには予想だにしない名前が表示されていた。

 ――柊 雪乃。
 息が、止まる。心臓が、ドクンと大きく跳ねた。数日前の悪夢のような再会。

 それ以来、何の接触もなかった彼女から、なぜ今? 指先が、微かに震える。僕は、周囲に人がいないことを確認し、一つ深呼吸をした。そして、震える指で、そのメッセージを開いた。

『佐伯先輩。突然ごめんなさい。少し、ご相談したいことがあるのですが……今、お時間ありますか?』