「…はい。肝に銘じます」

 打ち合わせは、それで終わった。具体的な解決策が見つかったわけではない。むしろ、課題とプレッシャーだけが、さらに重く私の肩にのしかかってきた。

 会議室を出て、ホテルのエレベーターホールへと向かう。小野寺さんは、次の予定があるらしく、そこで別れた。一人になると、張り詰めていたものが、ぷつりと切れたような気がした。深い、深いため息が漏れる。

 どうすれば、いいんだろう。
 エレベーターの壁にもたれかかりながら、私は途方に暮れていた。書かなければならない。けれど、書けない。この巨大な壁を、私は乗り越えることができるのだろうか。それとも、このまま潰れてしまうのだろうか。

 才能なんて、なければよかったのかもしれない。そうすれば、こんな苦しみを味わうこともなかったのに。
 けれど、心のどこかで、まだ諦めきれない自分もいるのだ。書きたい、という衝動が、たとえ今はか細くとも、消えずに残っている。そして、私の言葉を待っていてくれる人がいる、という事実。

 エレベーターが、一階に到着する。重い扉が開き、外の光が差し込んできた。
 私は、もう一度だけ、深く息を吸い込んだ。そして、震える足を叱咤し、一歩を踏み出した。たとえ今は暗闇の中だとしても、進むしかないのだから。作家・柊雪乃として生きていく、と決めたのは、他の誰でもない、私自身なのだから。