小野寺さんは、タブレットの画面をスワイプしながら、冷静な、しかし鋭い指摘を始めた。

「まず、主人公の行動原理についてですが…前回もお話しした通り、読者が感情移入するには、まだ少し動機付けが弱いように感じます。例えば、この過去のエピソードですが、もう少し具体的に、彼のトラウマとなる出来事を視覚的に描写できないでしょうか。現状だと、少し説明的に過ぎるかもしれません」

 彼女は、画面上のテキストを指でなぞりながら、具体的な箇所を指摘する。その指摘は、いつもながら的確で、ぐうの音も出ない。分かっている。私自身も、書きながらその部分の弱さは感じていたのだから。けれど、今の私には、それを修正するための具体的なアイデアが浮かばない。

「それから、中盤のこの展開ですね」彼女は続ける。「やはり、少し唐突な印象は否めません。読者が『え?どうしてこうなるの?』と戸惑ってしまう可能性がある。伏線をもう少し手前で丁寧に張るか、あるいは、いっそこの展開自体を見直し、別の形で二人の関係性を進展させるアプローチも考えられるかと思いますが…どうでしょう?」

 タブレットの画面に表示されたプロットのフローチャート。それは、私が苦心して組み上げた物語の骨組みだ。けれど、彼女の指摘通り、その繋がりは脆弱で、いくつかの箇所は明らかに説得力を欠いている。まるで、無理やり接ぎ合わせたような、歪な構造。

「そして――一番の問題は、やはりここです」

 小野寺さんの声のトーンが、わずかに低くなる。私は、身構えた。

「全体を通して、雪乃さんらしい繊細な心理描写や、美しい情景描写は健在です。それは間違いありません。ですが――」

 彼女は、一度言葉を切り、真っ直ぐに私の目を見た。その瞳には、編集者としての厳しい評価と、しかし同時に、私の才能への期待のようなものが宿っているように見えた。